プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『アーバン・アウトドア・ライフ 』芦沢一洋 を読んでみた。

アーバン・アウトドア・ライフ (中公文庫)

アーバン・アウトドア・ライフ (中公文庫)


日本に「アウトドア」という概念を持ち込んだ人物の一人といわれている芦沢一洋。僕がフライフィッシングを始めた当時、専門誌の「フライフィッシャー」や「アングリング」といった雑誌に連載を持ち、雑誌の中でも他の執筆陣とは別格の扱いを受けている印象があった。彼の文章の内容は初心者にはやや高踏的で、なんのこっちゃい?という思いもあったが、この世界ではレジェンドなのだろうという納得もあった。

彼が書いたフライフィッシングの入門書「ベストフライフィッシング : イラスト教書」も買ってみた。面白い本だけど、広く初心者を相手にする入門書としては余り出来が良くない。趣旨は「芦沢が考えるフライフィッシングのあり方」みたいなところにある不思議な入門書なのだ。すなわち具体的なスキルより、得るべきスピリットを優先させる思想が、この世代を中心としたアウトドアーズマンには濃厚に立ちこめていた。私が30過ぎるまで、アウトドアにも、フライフィッシングにも近寄らなかったのはそのあたりがうっとうしかったということに尽きる。そういうオトナたちとは距離を置きたいとずっと思っていた。

 

本書は「自然を愛する眼と心さえ持っていれば、都会でも発見に満ちたアウトドア・ライフを送ることができる」と都会でアウトドアーズマンとして生きる心得を語った本だ。もともとは1984年に講談社現代新書の1冊として刊行されたが、2018年に中公文庫で復刊した。先日立ち寄った書店の「中公文庫希少本フェア」で見つけたので買ってみた。中公文庫版には巻末に芦沢夫人の佐知子さんとアウトドアグッズの輸入代理店A&Fを創業した赤津孝夫の短い対談が入っている。

結論から申せば、今となってはそれほど面白い本ではない。「面白い」とは発見や深い納得があるということで、そういう視点から本書を読み進むと「ああ、芦沢さんっぽいな~」というひたすら事実確認の連続となる。この世代のアウトドアーズマンが抱く自然観、環境保護思想、自然との〝共存〟を目指すライフスタイルの典型が、その軽妙だがやや生硬な文章で語られていく。なぜ生硬かと言えば、そこに揺るぎない価値が存在すると著者が信じているからだろう。そしてここらへんの思想がほぼ米国文化への憧れに由来しているところに、この世代特有の臭みがある。もちろんお約束のように本書では『ウォールデン 森の生活』を書いた米国の思想家ヘンリ・ソローの名が折に触れて出てくるわけだ。

 

面白い本ではないが、読者経験としては面白かったとも言える。芦沢さんはもともと雑誌や広告などのアートディレクターなので、まず形(物)からアウトドア趣味に入っていった。そのことは巻末の対談で夫人の口から語られている。ソローの引用で《人間はなしですませる物が多いほど、豊かなのだ》との言葉も掲載しているが、通読すると芦沢氏のアウトドア・ライフの根幹には物や形へのこだわり、強い執着がある。そこにこの人の精神の揺らぎがあり、そのことを鍵に本書を読み解けば、これが一つの文学、私小説であることがわかってくる。ご自身でも言及されているが、芦沢氏が元々の都市生活者ではなく、山梨の山村出身であることも、本書の重要なモチーフだ。

本書をそれなりに楽しく読みながら、使い切れないほどの釣り竿やリールを持っていながら、一向に物欲が収まらない釣り仲間たちについて考えた。自然とアーティフィシャルな世界の間でぐらぐら揺らぎ、大きな矛盾を抱えながら次の一匹を夢見る愛すべきアウトドアーズマンたちよ!