プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『明六社』(河野有理 著/中公新書)を読んだ




久しぶりに土日を完全休暇に充てられるので、読書と野球(WBC&NPBオープン戦)三昧で過ごしている。今朝、読み終わった1冊がこちら。

昔から日本が近代に踏み出す幕末~明治期の言論状況や知識人の動きには興味があったが、その端緒とも言える「明六社」をテーマにした新書が出たと聞き、即買いに行った。

明六社は、明治六年に当時26歳だった森有礼の主導のもと、福澤諭吉、西周、中村正直、加藤弘之ら著名な知識人が集結した日本初の知的結社。

主要メンバーの多くは幕末に幕臣となった学者で、その能力を買われて明治政府のもとで働いていたが、今日ではもっとも有名な福澤諭吉だけはあくまで民間人であることにこだわった。

またメンバーは儒学、国学、蘭学・洋学など多様な出自を持ち、家柄ではなくそれぞれの才覚で地位を築いてきた人々だ。年齢は20代からアラフィフまでバラバラ。そして必ずしも思想や行動の共通点は少なく、むしろしばしば意見が対立した。しかしその「異なる意見」との出会いが「新しい社会」の構築には不可欠だったのだ。福澤諭吉が言う「多事争論」(『文明論之概略』)だ。
当時の論戦のテーマはもっともホットな話題である「議会設置」のほか、「保護貿易VS自由貿易」「男女同権」「外国人問題」など、現在にも通じているところが面白い。


本書はメンバーを2人ずつ対にして4章で8人の明六社での活動とそれぞれの来歴について紹介する。著者まえがきによると「それぞれの人生をカウンターパートと対比し、より立体的に浮かび上がらせようと試みた」。読み終わるとこの各章2人の組み合わせがじつ絶妙だと実感させられた。

8人のほか、章の間に設けられたコラムであと4人が紹介されている。そのうち「近代統計学の父」杉亨二については初めて知った。数字(データ)にこだわるとともに歴史観、国家観についての論文を明六雑誌に多く寄稿したこの人物は現在の国税調査を発案した人だが、第1回の実施直前に亡くなっている。

読み終わって感じるのは、「明六社のみんな、とにかくエモい」ということだ。それまでの国家と社会が瓦解して、それぞれが正しいと思う道を論戦の中で探っていく彼らの人生がとてもまぶしい。と同時に多くのメンバーは若くして没している。

中でも明六社を主唱した森有礼は初代文部大臣となり、憲法発布記念式典の日に政治テロに斃れた。41歳没。

著者の河野有理さんは、SNSなどで私の父が電力の国営化をテーマに書いた『興亡』(産業能率短大出版部→白桃書房→吉田書店)を折に触れて推挙していただいており、いつも感謝しております。これからもご健筆を!

ハン・ガン『少年が来る』雑感

 
 昨年のノーベル文学賞を受賞した作者の代表作。各所で紹介されている通り、この作品は1980年の民主化を求める市民と軍事政権の衝突「光州事件」に材を取っている。
この10日間の騒乱中に15歳で軍に射殺された少年を中心に、彼と同様に命を失った人々、またかろうじて生き延びた人々の過去と現在を、1人称、2人称、3人称をあえて混交させながら、時には「霊」の声を用いながら、執拗に描いている。
作品は6章とエピローグの7つの章で構成されているが、そのうち半分は主に死体と死臭について書かれている。私はあまりに重い内容がキツくて一気読みできず、二度読むのを中断し(その間、気分転換になる別の本を読んで)、ようやくすべてを読み終えた。この小説には光州事件がどのようなものであるかはほとんど語られていない。ただただ暴力が吹き荒れ、次々と死体が積み上がって行き、腐敗していくだけだ。死体の向こうの風景はほとんど見えない(当時の事件当事者にとっても同様だっただろう)。
それというのもこの小説は民主化運動という政治事象を描くことがテーマではないからだ。光州事件という自国で起きた筆舌尽くしがたい惨事の中に、作家が見出した人間存在の多重性、すなわち獣性と聖性、あるいは残酷さと慈悲に引き裂かれた人間の精神の有り様を見つめ、それを人間を描くためにある文学作品として定着させることをひたすら志向する。
作者は幼少時に光州市に住んでいたが事件当時にはソウル近郊に転居していた。なじみのある土地に起きた自分は体験していない歴史的な惨事。関係者、被害者にはあえてインタビューせず、膨大な資料(文書や写真等)を丹念に読み込んで自らの内面を経て小説化した。そのためノンフィクションではないが、純粋なフィクションとも少し違う。死んだ15歳の少年は実在のモデルがいるらしい。エピローグではそこら辺の事情も多少フィクションを交えて描かれている。
現在は民主国家となった韓国だが、しかし光州事件当時の宿痾が完全に払拭されたわけではないことは政権交代のたびに起きる騒動で明らかだと思う。個人的にはこうした韓国の宿痾は日本より強い儒教道徳と人口の3~4割を占めるキリスト教(特にプロテスタント)の倫理観に縛られているからではないかと思っている。
この作品を読了してこの作者の日本語訳された小説はすべて読んだことになる。感心するのは、作者が作品のテーマに応じて小説の手法や文体をすべて変えていることだ。これはなかなか出来ることではない。もちろん全作品に共通する「ハンガンらしさ」みたいなものはあるのだが。

杉浦日向子さん没後20年

 

今年はマンガ家・江戸風俗研究家だった杉浦日向子さんの没後20年。私より3つ年上で46歳の若さで亡くなった。
夏は終わって、お彼岸の今、江戸期の怪異掌編99編で構成したこの連作マンガを読んでいる。100話目を読者に委ねているところがミソだ。
杉浦さんは月刊『ガロ』1980年11月号で吉原遊郭を題材にした『通言・室之梅』でマンガ家デビュー。以降、確かな時代考証と軽妙な語り口、浮世絵に習ったしなやかな描画で市井の人々の生き死を活写する独自の作風を確立。そのマンガ作品は現代に蘇る黄表紙といった趣だった。
江戸風俗研究家や蕎麦愛好家としても知られ、30年ぐらい前にNHK総合でやっていた歴史バラエティ『コメディーお江戸でござる』では軽妙な語り口で江戸文化・風習の解説役を務めていた。
もしご存命であれば、おそらく嬉々とした表情で今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の解説(吉原遊郭の流儀、戯作文化と作者群像、日本橋の人々の商いぶりなど)をNHKの番組で彼女ならではの視点と情熱を込めてしてくれたことだろう。おばあちゃんになった杉浦さんを見たかった。ほんとうに残念でならない。合掌。

映画『遠い山並みの光』雑感

カズオ・イシグロの原作を読んだのは10数年前なので、すっかりディティールを忘れていたのですが、映画が進むにつれて記憶がみるみる蘇ってきました。まず驚いたのは原作を読みながら私が勝手に思い描いていた長崎の川沿い風景と映画で実際に見るその風景がかなり一致していたと言うこと。これはイシグロの描写力なのか、監督の再現力なのか……おそらく両方じゃないかと思いました。
原作はそれなりに密度の高い小説だけど後年の大作ような重層的な構造ではなく、分量も短めで、思わせぶりの謎を読者に見せつけながら、イシグロの若書きというか、一種の勢いで物語を進めていきます。しかし今回の映画ではそこは大衆芸術ですから、きちんと“落ち”を付けてくれて、「信頼できない語り手」問題もすっきり見通しよく、原作未読の人でも安心してストーリーテリングを楽しめるでしょう。
物語は1952年頃の長崎と1982年のイギリスを往復しながら展開されていきます。前者は広瀬すず二階堂ふみ、後者は吉田羊(広瀬すずの老後)とオーディションで選ばれた英国人俳優のカミラ・アイコが中心人物となっています。広瀬、二階堂組も好演していますが、やはり吉田、カミラ組の醸し出す緊張感と悲しみは一日の長。調べてみるとカミラは英国の名門演劇学校出身だそうでシェイクスピア劇なんかも普通に演じられる技量を持った人なんだと思います。そうした相手に英語のセリフでしっかり渡り合っていた吉田羊もすごいと思いました。
で、1952年と1982年をつなぐ役割を果たしているのが劇中曲として使われているこの曲。Joy Division として最後にレコーディングした曲を、イアン・カーティス自死後、New Orderとして再レコーディングしてデビューシングルとしてリリースされた因縁の曲です。劇中で吉田羊が長崎で産んだ長女もイアン同様に首つり自殺しているということも選曲の一因かもしれません。
以下の歌詞も映画のテーマに通じていてとにかくこの選曲には感服しました。
This is why events unnerve me
They find it all, a different story
Notice whom for wheels are turning
Turn again and turn towards this time
All she ask's the strength to hold me
Then again the same old story
Word will travel, oh so quickly
Travel first and lean towards this time


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「刑事コロンボ 24話『白鳥の歌』」を見て、「Johnny Cash / At San Quentin(1969)」を聞く

Johnny Cash / At San Quentin(1969)


先週金曜日はジョニー・キャッシュの命日。それにちなみ翌13日土曜日にNHK BSでキャッシュが犯人役を演じた「刑事コロンボ 24話『白鳥の歌』」の再放送があったので録画して、今日見た。

キャッシュは本人を彷彿とさせるカントリーのスター歌手トミー・ブラウン役。彼はマネージャーを務める妻に弱み(過去の未成年淫行)を握られている。そして仕事の収益はほとんど妻が信仰するキリスト教慈善団体に寄附されてしまい、スターであるにもかかわらず本人はつましい生活を余儀なくされている。

挙げ句の果てに妻は豪華な礼拝堂建築に彼の稼いだ金から巨額をつぎ込むことを勝手に決めてしまった。そこでついに殺意を覚えて、飛行機事故に見せかけた殺人(妻と彼女に飼い慣らされた未成年淫行の相手)を実行する。

キャッシュの演技は表情だけで感情の機微をしっかりと表現するなど、とても歌手の余技とは思えない堂々としたもの。コロンボとキャッシュ演じるトミーはいずれも朝鮮戦争に従軍した設定になっており、トミーが空軍にいたことが犯罪のカギにもなっている。キャッシュ本人も空軍に在籍していた。

劇中では犯人が歌うカントリーのスタンダード曲『I saw the light』が何度も流れる。コロンボが疑いを深める1つの要因にこの曲のスタジオ録音と最新ライブバージョンでのコーラスアレンジの違いがあった。そしてラストシーン、真っ暗な山中で証拠隠滅を図った犯人をコロンボがクルマのヘッド「ライト」で照らす…という演出がされていたのがじつに洒落ていると思った。

さらにコロンボが単身で夜の山中での犯人逮捕を図ったことに対し、トミー役のキャッシュが「人殺しと二人っきりで怖くないのかね?」と話しかける。それに対してカーラジオで流れている『I saw the light』を聞きながら、コロンボは「こんなに素晴らしい歌を歌う人がほんとうの悪人のわけないですよ。あなたは私が捕まえなくてもやがて自首したでしょ?」と返す。悲しそうに頷く犯人…人間が持つ善悪両面を併せ飲んだ数々の「白鳥の歌」を歌うキャッシュという表現者にあらためて「光」をあてるようなグッとくるエンディングだ。

さて、ジョニー・キャッシュ本人は若い頃に微罪で何度も警察のご厄介になっている。そのせいか知らないけれど、刑務所での慰問コンサートを熱心に行っており、このライブアルバムはサンクエンティン刑務所でのライブステージの記録。殺伐とした刑務所のイメージとはうらはらにすごい盛り上がりぶり。キャッシュも軽妙なMCでそれに応え、時折、放送禁止用語を発しており、レコード&CDでは「ピー」音で消されている。

CDのブックレットの写真に写っているベーシストと、刑事コロンボのドラマに出てきたトミーのバンドのベーシストはどうも同じ人物のよう。当時のキャッシュのバンドメンバーがそのままドラマに出演しているのだろう。ちなみにこの刑務所ライブではギタリストとしてカール・パーキンスも参加しており、ジョン・レノンらが憧れたカッコいいロカビリーギターを聞かせてくれる。

キャッシュのカントリーに留まらない懐の深い音楽性はカントリーが大嫌いなフランク・ザッパにも愛され、ザッパはキャッシュの「Ring of Fire」をカバーした。ちなみに私がキャッシュの魅力を“発見”したのはエリック・バードン&アニマルズの同曲のカバーによってだった。
ボブ・ディランとはお互いに影響を与え合っており、この刑務所ライブではキャッシュがボブ・ディラン作の「Wanted Man」を歌っている。亡くなる数年前にはナイン・インチ・ネイルズの『Hurt 』の素晴らしいカバーも披露していた。

ちなみに現実のジョニー・キャッシュは、音楽的パートナーでもある(このライブでもデュエットを聞かせる)2番目の妻ジューン・カーターを深く愛しており、ジューンが病死した4か月後に後を追うように亡くなった。もともと糖尿病を病んでいたが、傷心のあまりの死と言われている。

私とプロ野球と長嶋茂雄

野球を見始めた頃の私。

 

昨日、長嶋茂雄が亡くなった。

両親はほとんど野球に興味がなかったので、私が野球を見る端緒を作ってくれたのは父方の祖父だった。和歌山生まれでずっと大阪で生活していた祖父だが、生粋のジャイアンツファンで長嶋贔屓だった。祖父は10代の頃、サンフランシスコに移民していた親戚を頼って渡米し、しばらく自動車工場で仕事をしていた。その時にメジャーリーグ・ベースボールと出会う。帰国後、野球を見ることができなくなってしばらく寂しい思いをしていたが、やがて昭和初年頃に日本にもプロ野球が生まれ、現在のジャイアンツ、タイガース、ドラゴンズなどが次々に設立される。そして祖父は滞米中にMLBで応援していた「ジャイアンツ」のファンになったわけだ。
戦後、シベリアから帰還した祖父は戦後の荒廃の中でプロ野球が数少ない楽しみだったろうと思う。テレビ観戦で祖父は膝の上に乗せた私に長嶋の素晴らしさを力説した。それにしても息子2人がそろって読売新聞のライバル企業に就職したことを祖父はどう思っていたのか。いや、もしかしたらそれもあって、私にだけ「ジャイアンツ」「長嶋・王」の素晴らしさをことさら熱心に語っていたのかもしれない。そして10代の頃に触れたMLBの輝きを長嶋の姿に二重映ししていたのかもしれない。

 

2004年ごろだったか、私は亡くなる数年前の藤田元司ジャイアンツ監督から話を聞く機会があった。愛媛のケンカ番長だった藤田氏は野球と出会い、そのスポーツに打ち込むようになり、やがて東京六大学野球のスターになる。当時はプロ野球より六大学野球の方がだんぜん人気があり、藤田氏も大学卒業後プロには行かずに社会人野球に進む。「大学時代に誘われてプロの練習を見に行ったら、みんなダラダラやっていて『こんな奴らと一緒に野球できるか!』と腹が立った(笑)。二日酔いの選手もいて、ふざけるな!と思ったよ」と藤田氏は苦笑いしながら話してくれた。それでも大学の先輩でジャイアンツ監督だった水原茂の熱心な誘いに折れてプロ入りし、翌年入ってきた後輩が長嶋茂雄だった。「私が相手にヒットを打たれた途端、斜め後ろから罵声が聞こえる。振り向くとサードベースから新人の長嶋がスゴイ顔で私をにらんでいるんですよ」。藤田氏は楽しそうに思い出を語った。プロ野球が国民的ポピュラリティーを獲得したのはそうした長嶋のそれまでのプロにはなかったヒリヒリした真剣さと底抜けの快活さのおかげだった……というのが藤田氏の見解だ。「だから長嶋には感謝してる」。長らくプロ野球を見続けていた祖父にもそのあたりの経緯を聞いておけば良かった。

 

長嶋・王を擁した読売ジャイアンツの「V9 」というのは、ほぼ私の幼稚園~小学校時代に重なっている。小学校1年の時に父の転勤で東京から名古屋の公団住宅に引っ越した。50棟ぐらいある大規模な団地で、その広大な敷地の中央部にはなんとバックネット付きの野球場があった。だからその団地の子供たちは学校から帰ってくるとそのグラウンドで野球ばかりしていた。その団地は転勤族が多かったため、地元ドラゴンズファンより、ジャイアンツ、タイガースファンの方が多かった。

私たち子どもにとって野球は「スポーツ」などではなく、缶蹴りやメンコやビー玉、昆虫採集と同じ「娯楽」だった。当然、うまい下手はあるけどそんなことは大した問題ではなかったと思う。日曜日には団地の地区対抗で試合をしたりして、その際はいつもの普段着ではなくユニフォームを着用した。私は親にジャイアンツの背番号3のユニフォームを買ってもらったが、チームに同じ背番号・ユニフォームの選手がほかに2人いた。


小学校3年になって、私は「スポーツ」をやろうと思って学校のサッカー部に入った。野球部もあったけど、野球はいつでもできる「娯楽」なのであえて部活動でやるまでもないと思っていたのだった。ちなみにその小学校の野球部にいたカーブを投げられる2年後輩が、後に西武ライオンズのエース、ホークス監督となった工藤公康だ。大人になってからそのことを知り仰天した。昨年、工藤さんの講演を聞く機会があり「少年時代は家が貧乏で野球の本・雑誌を買えなかったため、本屋の立ち読みでカーブをマスターした」と聞いてさらに仰天した。

さて、小学校6年生の時、やはり父の転勤で私は再び東京に戻ってきた。そしてその翌年、ジャイアンツはドラゴンズに僅差でV10を阻まれ、長嶋茂雄が引退を決めた。中学生だったけど引退試合を見ながら「一つの時代が終わる」音を聞いたような気分がした(同じような気分は1980年12月9日(日本時間)にも味わった)。監督になった長嶋の最初のシーズンはなんと「最下位」。やはり夢は終わったのだと実感した。

今は長嶋引退から5年後にウチから近い所沢に引っ越してきたライオンズファン(クラブ会員)なので、現在のジャイアンツにはそれほど思い入れはないし、交流戦ではボコボコにしてやりたいと思っている。

シェイクスピア『ジョン王』は意外とおもしろい

シェイクスピア全集32 ジョン王 (ちくま文庫)

シェイクスピア作品全訳という偉業を達成された松岡和子さんの昨年の講演を聞いて、感銘を受けてから、ちびちびとシェイクスピア作品を既読を含めて読んでいます。松岡さん以外の新訳にも寄り道しているので死ぬまでにシェイクスピア全作品を網羅できるか自信ありません。この『ジョン王』は、高校で世界史をやった人ならご存じの「マグナカルタ」を認めざるを得なくなったちょっと情けない王様。シェイクスピア作品の中ではマイナーな部類で僕も今回初めて読みましたが、案外と面白くて驚きました。イングランドとフランス両陣営の争いがストーリーの核ですが、この争いを丁々発止の「舌戦劇」としてまとめ上げたシェイクスピアの手腕を楽しむ作品です。
 この松岡訳は、2020年6月に予定されていた埼玉芸術文化振興財団による彩の国シェイクスピアシリーズ第36弾公演のために翻訳されたもので、新型コロナウイルス感染拡大よって公演は中止となりました。しかし今年1月にBunkamuraシアターコクーン、今月は埼玉会館で念願の上演が実現しました。キャストは演出も担当し今回の講演時津限にも尽力された吉田鋼太郎小栗旬らで女性役もみんな男が演じているそうです。