プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『無想庵物語』(山本夏彦著)を読んだ。

 

 

無想庵物語 (中公文庫 や 19-19)



《芥川・谷崎に勝る博識で「日本のアナトール・フランス」と呼ばれ、文学的成功を願いながらも、無軌道な生活の末に失敗した作家、武林無想庵。その親友山本露葉の息子として、若き日にパリで生活を共にした著者、山本夏彦。無想庵と彼をめぐる人々について哀惜深く綴り始めた評伝はやがて、著者自身の青春の謎と絡まりだす……》

出版社によるこの紹介文が本書の全貌を簡潔に良く言い表している。小説家・翻訳者の武林無想庵は文学だけでなく、社会科学や自然科学領域でも専門家と高レベルの議論を交わせる博覧強記の士だが、生活者としては無能で絶望的なほど女にだらしない。さらに結婚した文子は無想庵が持て余す無軌道な女性で、欧州滞在時に浮気相手にピストルで撃たれる(生命に別状なし)。二人の間の娘も数奇な運命をたどる。

僕は高校生の頃に確か吉行淳之介のエッセイで無想庵の存在(というか奥さんの発砲事件)を知り、長年どういう人だろうと頭の隅に引っかかっていた。今年、この文庫が出たので読んでみたが、なるほど確かになんとも言い様がない人物だ。驚くべき学識ながら現在に残る彼の業績はほとんどない。山本夏彦の突き放したような、それでいて節々に哀切が感じられるぶっきらぼうで、無碍な文章も味わい深い。僕は無想庵も、夏彦みたいなひとも、どちらも大好きなんだ。