プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

シェイクスピア『ジョン王』は意外とおもしろい

シェイクスピア全集32 ジョン王 (ちくま文庫) シェイクスピア作品全訳という偉業を達成された松岡和子さんの昨年の講演を聞いて、感銘を受けてから、ちびちびとシェイクスピア作品を既読を含めて読んでいます。松岡さん以外の新訳にも寄り道しているので死ぬ…

今年最後の読書:『JAMJAM日記』(殿山泰司)

JAMJAM日記 (ちくま文庫) 「ほとんどの日本国民同様、おれも気が付いた時には、殿山さんの顔を知っていた」と本書の巻末解説で山下洋輔が書いている。山下よりずっと年下の私も同じである。物心ついた時には殿山さんの顔を知っていた。子供の心に深く…

『無想庵物語』(山本夏彦著)を読んだ。

無想庵物語 (中公文庫 や 19-19) 《芥川・谷崎に勝る博識で「日本のアナトール・フランス」と呼ばれ、文学的成功を願いながらも、無軌道な生活の末に失敗した作家、武林無想庵。その親友山本露葉の息子として、若き日にパリで生活を共にした著者、山本夏彦。…

西荻でル・クレジオの短編集と約40年ぶりに再会する。

〝金曜日に仕事で出かけた西荻で、駅近くの古本屋を覗いたらル・クレジオの短編集『ロンド その他の三面記事』の単行本を見つけて、懐かしさのあまり思わず買ってしまった。〟

詩人のなりそこね

子どもの頃からなりたいものはたくさんあった。しかし、どれも非現実的な職業ばかりだったし、移り気だったので何かを目指して頑張るという経験には乏しかった。 幼稚園年長組だった頃、お絵かき用のスケッチブックを買ってもらった。表紙にはヨーロッパの古…

ついに会えなかった福永武彦教授

突如として、福永武彦マイブームがやってきた。 きっかけは、仕事で知り合った女性から自作の句集が送られてきたことである。その本の「序」を読んでみると、彼女の父親は石田波郷の信奉者で、彼女自身も波郷の句を愛好し、彼が入院した清瀬の東京療養所跡を…

安部公房の“遺作”である『カンガルー・ノート』を読了

安部公房の“遺作”である『カンガルー・ノート』を読了。 読めばわかるが、本作は作者が自らの寿命を意識しつつ「性=生」と「死」の問題をモチーフとする中編である。大きな特色としては安部作品のなかでも特筆すべき「軽妙」さだろう。脛から生えてくるかい…

春来たりなば…

フライの雑誌 124(2022春号): 特集◉3、4、5月は春祭り 北海道から沖縄まで、毎年楽しみな春の釣りとそのとき使うフライ|『イワナをもっと増やしたい!』から15年 中村智幸さんインタビュー|島崎憲司郎さんのスタジオから 3、4、5月に欠かせない釣りと、その時…

「モンテ・クリスト伯」から「成城だより」。そして「大岡さん」と「大谷さん」

成城だより 上 (講談社文芸文庫) 昨夏に義弟が新型コロナウイルス感染症で亡くなって、諸行無常な気分に陥りながら手に取ったのは、学生時代に読んだ「モンテ・クリスト伯」だった。かつてと異なる訳者だったが、良い訳文だと感じた。そしてこの小説はほんと…

稲垣栄洋「生き物の死にざま」を読んだよ。

生き物の死にざま 作者:稲垣 栄洋 草思社 Amazon 30種類の動物の「死にざま」を、雑草生態学の専門家である著者がそこはかとないペーソスを秘めた文章で淡々と叙述していくサイエンス・ノンフィクション。単行本発行時から気になっていた本だが、早々に文庫…

NHK土曜時代劇『明治開化 新十郎探偵帖』雑感

明治開化安吾捕物帖 | 坂口 安吾 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon NHK総合土曜日夕方の今となっては貴重な時代劇枠で「明治開化 新十郎探偵帖」というドラマをやっていて、わりと楽しみに見ている。すぐにこのドラマが坂口安吾「明治開化 安吾捕…

『関白秀次の切腹』(矢部健太郎著)を読む。

帯にセンセーショナルなキャッチコピーが踊るが、本書に書かれているのは、織豊期研究の第一人者の著者による厳密な史料批判に基づいた従来の解釈を覆す新説だ。 歴史研究の結果、戦国のヒーローたちも歴史小説などで定着したかつてのイメージが徐々に薄れて…

パトリシア・ハイスミス讃

以前、友人二人と居酒屋で好きな小説の話をしていて、「現実の世の中でなかなかハッピーになれないから、小説ぐらいはハッピーエンドでありたいよね」みたいなことを私以外の二人で同意しているのを聞きながら、(そういう考え方もあるのか…)と考えさせられ…

ちくま文庫『楠勝平コレクションーー山岸凉子と読む』を読んだ。

楠勝平コレクション ――山岸凉子と読む (ちくま文庫) 先週末に出先の近くの本屋を覗いて手に取った『楠勝平コレクション』を読んだ。楠勝平は1960年代後半から70年代初頭にかけて主に『ガロ』を舞台に作品を発表していたマンガ家で、1974年に30歳で病死してい…

「決定版 大東亜戦争(上 下)」を読む

決定版 大東亜戦争(上下)合本版(新潮新書) 今月に入ってから読んでいる新刊「決定版 大東亜戦争」。敗戦後、じつに76年を経て日本人がイデオロギーを排して自らの戦争を検証した1冊(上下だから2冊か)で、書名通りの力もこもった叙述に圧倒される。日本…

『アーバン・アウトドア・ライフ 』芦沢一洋 を読んでみた。

アーバン・アウトドア・ライフ (中公文庫) 日本に「アウトドア」という概念を持ち込んだ人物の一人といわれている芦沢一洋。僕がフライフィッシングを始めた当時、専門誌の「フライフィッシャー」や「アングリング」といった雑誌に連載を持ち、雑誌の中でも…

読後1年近くを経てフローベール『三つの物語』の感想を記す

三つの物語 (光文社古典新訳文庫) フローベールの代表作と言えば誰しも『マダム・ボヴァリー』『感情教育』といった長編小説をあげるだろう。ところが本書の帯には「フローベールの最高傑作」と書かれており、昨年の今頃、思わずほうっと思って手に取った。…

今月、亡父の旧著が復刊される。

興亡――電力をめぐる政治と経済 今月、亡父の旧著が復刊される。先日、出版社の社長さんが刷り上がった本を直接届けてくれた。色校正で見ていたから驚きはなかったが、特色の鈍い「金」のタイポグラフィーと黒部ダムのモノクロ写真を使った素晴らしい装丁デザ…

数十年も気になっていた「ハーメルンの笛吹き男」(阿部謹也著・ちくま文庫)を読んだ。

ハーメルンの笛吹き男 ――伝説とその世界 (ちくま文庫) 数十年読もうと思ってそのままになっている本というのが何冊かある。本書はそのうちの1冊だった。先月、最寄りの書店にNHKのラジオ英会話テキストを買いに行った時、棚に見つけて一緒に購入した。最初に…

「一度きりの大泉の話」萩尾望都 を一気読みした。

一度きりの大泉の話 読み始めたら、やめられなくて引き込まれるように読んで、結局一晩で12万字を読み終えてしまった。おかげで今日は寝不足である。しかし、決して読みやすい本ではない。 かつて新人時代の萩尾望都と竹宮恵子が練馬区大泉で同居生活を送り…

『百人一首の正体』 (角川ソフィア文庫) を読んだよ。

百人一首の正体 (角川ソフィア文庫) コロナ禍で物思いにふけることが多くなったせいか、最近、古代~中世までの短歌が気になっている。で、仕事の合間に百人一首や勅撰集をぱらぱら眺めることになるのだが、学生時代と違って勉強ではないので、気楽に鑑賞で…

『その女、ジルバ』はやはり原作も素晴らしい!

その女、ジルバ(1) (ビッグコミックス) 各方面から大絶賛のTVドラマ『その女、ジルバ』ですが、原作マンガを読みました。こちらも素晴らしい。決してうまい絵ではないですが、不思議な柔らかさとそれでいて感情表現の鋭さがあり、台詞回しも上手。全5巻し…

カズオ・イシグロ新作の前に前作をおさらいした。

忘れられた巨人 まもなくカズオ・イシグロの新作、ノーベル文学賞受賞第一作『クララとお日さま』が世界同時発売される。今回は子どもの遊び相手となるAIロボットが主人公だという。いやまったく、またもや読者の期待をはぐらかし、意表を突くスタンスは創作…

『昭和史Ⅰ・Ⅱ』中村隆英を読む。

令和も3年目、昭和はすっかり過去の〝歴史〟として語られる時代となった。平成の「昭和史」ブームの火付けとなったのがこの中村隆英『昭和史』。1993年初版。大佛次郎賞を受賞したベストセラーで、先頃亡くなった半藤一利氏の「昭和史」もその影響下にあると…

『日本史探訪』を探して

NHK総合で1970年代に放送された「日本史探訪」をご存じだろうか? 現在でも同局では日本史をテーマにしたレギュラー番組を放映しているが、それはかなり啓蒙的な、初学者向けの入門編といったつくりになっている。しかし、この「日本史探訪」というのは、基…

『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで 』雑感

保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで (中公新書) ぼくは自分のことをリベラリスト的性向が強い人間だと自任している。個人の生活への国家の介入は最小限に留めたいし、「伝統」や「道徳」あるいは「社会福祉」などの美名のもとに国家の価値観を…

『歩くひと 完全版 』(谷口ジロー)を読んだよ。

r 最近、NHKでTVドラマ化された亡くなった谷口ジロー氏の名作が、全エピソード収録&カラーページ再現の完全版として出版されたので、さっそく購入して読んでみた。いや読むと言うより、観た、といった方がふさわしい読書体験だった。 マンガとしては大判のB…

『文学こそ最高の教養である』 (光文社新書) を読んだ。

「光文社古典新訳文庫』がスタートした時、「光文社が古典? どうせ続かないだろうな....」なんて舐めていました。その後続々と刊行される素晴らしい新訳の数々に圧倒され、いまはとても申し訳なく思います。 この新訳シリーズを立ち上げた編集者である駒井…

小野田さんの「子育て本」を読む。

子どもは風の子、自然の子―『ジャングルおじさん』の自然流子育て 《ぼくは、いつまでも子どもっぽいと母にいつもしかられていたほど、本能的で、よくいえば天衣無縫で、自分の好きなことしか見向きもしない自然児でした。 幼少のときはそんなふうだったぼく…

村上春樹『一人称単数』を読んだよ。

一人称単数 (文春e-book) 村上春樹6年ぶりの短編集が出たので短編小説家としての村上ファンの私は当然発売日に買って読んだ。今回は自己言及的、自己批評的、自己パロディ的な要素が散りばめられている。端的に言えば、自分を素材に遊んでいる。短編集として…