プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

今年最後の読書:『JAMJAM日記』(殿山泰司)

JAMJAM日記 (ちくま文庫)

 


「ほとんどの日本国民同様、おれも気が付いた時には、殿山さんの顔を知っていた」と本書の巻末解説で山下洋輔が書いている。山下よりずっと年下の私も同じである。物心ついた時には殿山さんの顔を知っていた。子供の心に深く刻まれる抜群感の存在感を有する怪優だ。

本書はその殿山さんによる1975年11月から1977年3月までの約1年半の日記で、しばしば当時世の中を騒がせていたロッキード事件の話題が出てくる。僕はこの本を単行本発行時(高1ぐらい?)に知っていた。まだミニコミに毛が生えたぐらいだった『本の雑誌』で評者が高く紹介していて、いつか読みたいものだ、と思っていたのだ。それが還暦過ぎて実現した。


本書の中身は殿山さんの身辺雑記。ジャズ鑑賞とミステリーなどの読書、そしてもちろんTVや映画、舞台の仕事について、ざっくばらんすぎる文体で書かれている。今日日のSNSだったら炎上しそうな話題もしばしば出てくる。読み始めてすぐに気づいたが、1915年生まれの殿山さんは、この時、ちょうど今の私と同じぐらいの年齢だ。なにかのめぐりあわせか? 日記の中にはしばしば殿山さんが尊敬する俳優、映画監督などの死が出てくる。そうだ今なお私も好きな表現者が次々に死んでいくというフェーズに入っている。ジャン・ギャバンが死んだときの殿山さんの取り乱し様を読むと、ジョン・レノンルー・リードデヴィッド・ボウイが死んだ時の自分を思い出す。

 

俳優や映画監督仲間との交友以外に田中小実昌野坂昭如金井美恵子など文学関係者との交友ぶりも楽しい。ずっと年下の金井美恵子に「キャンキャン」と子犬のように懐く殿山さんはさすがである。ミステリーの好みはハードボイルド系なのだが、日本の作家では西村京太郎を高く評価している。


解説で山下洋輔も言っているが、殿山さんの文体は自由気ままでいて、ジャズマニアらしく独特のリズム感がある。山下洋輔のジャズ文体や椎名誠など『本の雑誌』が広めた“昭和軽薄体”もそのルーツは殿山さんに(もうひとつは筒井康隆)ありそうだ。

 

ちなみに殿山さんのジャズの好みはフリーなどの前衛ジャズである。この日記を読むと、日仏会館、郵便貯金ホール、厚生年金会館などのホールのほかに銀座界隈のライブハウスなどにも、仕事の合間を縫って足しげく通っている様子が記録されている。ライブの評価は辛口だが、感動したステージについてはおそらく当のミュージシャンが読んだら感涙にむせぶのではないかというほどの賞賛の言葉を投げかけている。

殿山さんは単行本発行の12年後に73歳で亡くなった。一度お話をしてみたい方であった。実は私の父方の祖父にちょっとだけ似ているんだよね。