プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『日本史探訪』を探して

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NHK総合で1970年代に放送された「日本史探訪」をご存じだろうか? 現在でも同局では日本史をテーマにしたレギュラー番組を放映しているが、それはかなり啓蒙的な、初学者向けの入門編といったつくりになっている。しかし、この「日本史探訪」というのは、基本的な日本史の知識、教養がある人たちに向けて、歴史のエキスパートたちがひとしきり持論を展開していく番組だ。もちろん構成全体としては毎回のテーマ(「織田信長」などの人物、「新選組」などの集団、「蒙古襲来」などの事件におおむね分かれる)に即した客観情報が骨子となっているが、日本史の教科書に載っているような基本事項はあまり解説されない。もちろんNHKなので大河ドラマとの関連テーマを優先的に扱うこともあったようだ。

 

www2.nhk.or.jp

 

 番組に登場するエキスパートたちの顔ぶれといえば、海音寺潮五郎司馬遼太郎松本清張大佛次郎奈良本辰也円地文子江藤淳梅原猛扇谷正造山崎正和樋口清之池田弥三郎など、実に重厚かつそうそうたる顔ぶれである。これらの人々が1回の放送で2人ずつ出演し(ただしテーマにより1人の回もある)、対談の形でプログラムが進む。「宮本武蔵」の回では将棋の升田幸三、「空海」の回には物理学者の湯川秀樹(1人で出演)など意外な人選もあって楽しい。

歴史知識や学術的成果というよりも、歴史教養を素材にして、時空を超えた知的〝探訪〟を楽しむというのが番組の趣旨だろう。もちろん、その時々の最新の学説は紹介されるが、この番組の面白さは登場人物たちの歴史への切り込み方と言葉のやり取りを味わうところにある。

番組をまとめた書籍はなぜか角川書店から出版されており、手元に昭和46年に出た角川書店『日本史探訪』の第1巻~第3巻がある。父が買ったものだが、本棚から拝借して中学生のころ熟読した。その後、時代別に再編集され文庫化されたが、すでに品切れのようだ。ただし「松本清張」と「司馬遼太郎」の出演回をまとめた文庫は今でも入手できる。

 

松本清張の日本史探訪 (角川文庫)

松本清張の日本史探訪 (角川文庫)

  • 作者:松本 清張
  • 発売日: 1999/07/23
  • メディア: 文庫
 

 

司馬遼太郎の日本史探訪 (角川文庫)

司馬遼太郎の日本史探訪 (角川文庫)

 

 

小中学生のころはリアルタイムで番組も見ていて、司馬遼太郎の意外と歯切れがよい語りは好印象であった。和服で出演する海音寺潮五郎のちょっと頑固そうな寂びた語りはじつに明治人らしい重みを感じた。また、松本清張のちょっと斜に構えて分厚い唇から滴り落ちる滑舌の悪い言葉にも知識人の矜持を感じた。

 

織田信長」の回の冒頭での司馬遼太郎海音寺潮五郎のやりとりは以下の通りだ。

司馬 信長というのは近世の開き手なんです。近世という重い扉を信長が開いた。(中略)中世の力を打ち砕いて、まず打ち砕いてから、近世の扉をギイーと開けようとしたところに、信長の大きな意義があったと思います。

 

海音寺 ぼくは気違いだと思います。(中略)信長の弟の信行、信長の子どもの信忠、信雄、信孝、みんなアホウですよ。信長の叔父たちも凡庸人ですよ。(中略)その中で、信長一人だけがあんなふうに偉かったっていうのは、これはやっぱり血統的に見て、一種の狂い咲きだと思います。結果的に近世を開いた人であることは否定しませんが

 かみ合っているのか、いないのかよくわからないやりとりで、今ではあり得ない「気違い」などという言葉も出てくるが、なんだかこのあとの番組の続きが一体どうなるのか、わくわくするようなオープニングだ。

こうした歴史啓蒙ではない「歴史教養番組」はもうテレビでは見ることができないんだろう。地上波を見ると受験勉強レベルのクイズや知恵比べ番組は全盛のようだが、レベルの高い知的思考や教養を楽しむプログラムがEテレを含めて皆無に近いのはなんともはやである。まあ、だからスイッチを切って本を読めばいいんだが。