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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

「フライ」と「プログレ」

 

フィッシュ・ライジング+2

 

「フライ」と「プログレ」、そして「アラブの春

 僕の趣味は釣りと音楽鑑賞と読書である。
 実に面白味のないラインナップだが、釣りでもっぱら楽しんでいるのはフライ・フィッシング(フライ)だし、音楽はロックを中心に幅広く聞くが、特に英国ロック、プログレッシブ・ロックプログレ)にそれなりのこだわりを持っているかもしれない。
 フライも、プログレも、わが国においてはそれぞれのジャンルの中で少数派である。そのせいか、身の回りにほとんど同好の士はいなかった。ただし、友人の釣り雑誌編集者のおかげで何人かの愉快なフライ仲間と出会うことができた。また、釣り場に行くと一期一会ではあるが、現場で出会った同好の士との話が弾むこともある。しかし、プログレを語り合う仲間というのは簡単には見つからなかった。
 その状況を大きく変えてくれたのがインターネットであり、SNSである。以前、こことは違うブログをやっていたときに数人のプログレファンと知り合ったが、ブログをやめてから交流もとだえがちになった。

 しかし2011年、Facebookでいくつかの音楽コミュニティと関わりを持ったおかげで、同世代を中心としたプログレ仲間が何人もできた。皆さんそれぞれ、これまでプログレを語る機会がほとんどなかったので、リアルに会ってみると10年来の友だちみたいに意気投合した。

 その後、その仲間たちのうち何人かとFacebook上のプログレファンのコミュニティを立ち上げたりもした。すると別に宣伝したわけでもないのに1年ちょっとしたら1500人ぐらいのプログレマニアが集まった。同じ年の「アラブの春」の時、Facebookは反政府市民のコミュニケーションツールになったが、なるほど人を結集し、結びつける力は侮れないなと感じた。プログレ・コミュニティは事情があって閉鎖したが、いまでもその仲間たちとはSNS上で深くつながり、来週も飲み会の予定がある。

 

「フライ」と「プログレ」、その愛好者気質の共通性

 すっかり前置きが長くなってしまったが、本題はここからだ。
 SNSのおかげでこれまで集団として接してこなかったプログレ愛好家と接しているうちに、僕は彼らとフライ愛好家が似ているのではないか……ということに気付いた。「いいところ」も、「悪いところ」も。
「いいところ」は、どちらも探求心が旺盛で、自分が求めるものに対して妥協しない生真面目さを備えていると言うことだろうか。


 フライフィッシングは、日本では70年代後半からアウトドアブームに乗って本格的な愛好家が増えてきたと思うが、当初はこの釣りのスキルや方法に関する情報が限られ、なおかつ従来の釣り人からは日本の風土には合わないと言われることも少なくなかった。初期のフライフィッシャーたちは、そうした逆境の中、それこそ試行錯誤しながら日本のフライフィッシングをつくりあげていったのだ。 そのフロンティアスピリットと探求心は、フライフィッシングの専門書や専門誌等を通じて現在にも受け継がれている。そうした先人たちの努力によって、いまやスキルや方法論でいえば、日本はフライフィッシングの先進国といっていいのではないか? ただこのジャンルでは高齢化が進んでいるようだ。一時、ブラッド・ピット主演の映画「リバー・ランズ・スルー・イット」による〝フライ・バブル〟もあって渓流に若い男女が押し寄せたこともあったが、現在はその跡形もない。


 一方、プログレッシャー(プログレ愛好家)たちは、70年代後半にディスコ、パンク、AORが席巻する逆境の中で、自分たちが愛好する「プログレ」というジャンルをあらためて強く意識することになったのではないか。それ以前、70年代前半のポピュラー音楽ファンは、ビートルズでも、プログレでも、グラムロックでも、ハードロックでも、ポール・モーリアでも、映画音楽でも、R&Bでもそれほどジャンルの壁を気にせず聞いていたと思う。しかし、逆境はかえってファンに「プログレ」へのこだわりとアイデンティティを強く意識させ、そこからわが国におけるプログレファンの明確なアティチュードが形成されていったように思える。各レコード会社から英国・米国以外のユーロロックのレコードが出たのもその頃で、またはビジネス的には失敗した二流・三流バンドの音源なども中古市場で発掘されていった。そこから規模は小さいながらも「プログレ」というジャンルに関わるビジネスやコミュニティの萌芽があった。今や日本のプログレファンの知識や見識、コレクションはおそらく世界に冠たるものだろう。21世紀の現在も「プログレ」がジャンルとして有効なのは、こうした日本ファンの忠実さ、生真面目さも少なからず関係しているのではないか。ただなにせ昔の音楽なのでこちらもファンの高齢化は顕著である。

 

「英国発祥」のプライド(?)と少数派の屈託


 では「悪いところ」とは何か。

 フライフィッシャーも、プログレッシャーも、少数派として自ら愛好するジャンルに生真面目に向き合ってきた。それぞれ日本独自の文化も創りあげてきた。しかしそのため、彼らの中に一種の偏狭さが養われていったようでもある。それが僕の考える「悪いところ」だ。
 たとえば、愛好家本人はそれほどはっきり言わないのだが、自分たちの愛好する「音楽」と「釣り」のジャンルが「いちばん偉い」と思いたがっている傾向がある。もちろん子供じゃないので明言はしないが、話を聞いていると見え見えだったりもする。しばしば他のジャンルを見下しているとしか思えない言動が見られることがあり、それは特に英国流崇拝のフライフィッシャーとクラシック好きのプログレファンに多い傾向かもしれない。

  やや極端に言えばこんな感じ。

 フライフィッシングは英国貴族発祥の由緒ある精緻な方法論に基づいた釣りである(そこら辺のエサ釣り師とは違う)。」


プログレは英国発祥で欧州古典音楽やジャズの素養を取り入れた複雑で高級なジャンルである(そこら辺のミーハーロックファンとは違う)。」

 とかね(笑)。


 しかし、フライフィッシングはともかく、そもそも「プログレ」なんていうジャンルは存在しないのだ。「プログレッシブ・ロック」という言葉の発祥は諸説あるが、所詮はレコード会社のマーケティングワードであり、その曖昧模糊としたジャンル設定は一種の幻影であり、バズワードでしかない。

 その存在しない「プログレ」のジャンル規定にこだわるのは愚か者だ。では「プログレ」という言葉は不要なのか? 僕はそんなことはないと思う。ある世代の日本のロックファンの音楽傾向を表す「プログレ」はまだありうるし、僕がSNSで多くの仲間を見つけたように、コミュニケーションワードとしてはまったく有効だと思う。しかしそれを一つの価値として掲げ、それに含まれないものを規定する排除の論理を行使するようになった途端にバカげた言葉に成り下がってしまう。

そしてそうした虚飾のプライドを背景に、持ち物自慢や経験自慢をまき散らし、さらには入門者や後輩にやたら「教えたがり」で嫌われるというのも「プログレ」「フライ」に共通した老害現象かもしれない。……いや、これはこの二つのジャンルに限らない世の中全般の老害現象であるか。

 

「フライ」と「プログレ」の食い合わせについて

 

 70年代プログレの方法論や技法は、今や同時代のポピュラー音楽の中にすっかり溶け込んでおり、「プログレ」が将来的に独立した音楽のカテゴリーとして存在すべき理由はあまりないのではないかと僕は考えている。
 フライフィシングも米国や日本、オセアニアに拡散してからは大衆の釣りとしてその様式や方法論が多様化しており、個人としてのプライドを持つのはかまわないのだが、貴族性なんてちゃんちゃらおかしいし、そういう訴求は初老以上にしかアピールしないだろう。日本の田舎のおっさんが、ださいファッションでもともと貴族のスポーツだったゴルフやっているのと変わらないのに、エサ釣り師を邪魔者扱いしたり、一段下に見たりする人がいるのが実に情けない。英国にそんなせこい貴族はいないだろう。

 

 なんだかんだ言って僕はフライもプログレも好きで、その愛好家の人と話すのも楽しいのだが、時々感じるせせこましい選民意識みたいなものがなければ、もっといいのになと思う。

 最後に余談。昔、前出のフライフィッシング専門誌の編集者と僕のクルマで釣りに行った帰り、眠気除けと景気づけにカーステで『クリムゾン・キングの宮殿』を流したら、その男が車酔いしてしまったことがある。本人的には車酔いではなく「これはプログレ酔いだ」と主張し、実際カーステを止めてラジオにしたら回復した。
 変拍子が悪かったのだろうか? プログレとフライはともに英国発祥で共通する部分が多いにもかかわらず、お互いの愛好者は相性が悪いのかもしれないなと思った。確かに多くのフライフィッシャーは人造的な欧州産プログレではなく、米国の土臭いカントリーとかフォークソングを好みそうな気がするし、たしかにそちらの方が釣りには相性が良いだろう。「フライ」も「プログレ」も…という僕はさしづめ矛盾を抱えた存在なのだ。
 プログレ酔いの編集者はその時の(悪い?)印象がよほど強かったと見えて、しばらくしてから「僕は釣りに行く時にプログレを聞く」というテーマの原稿を書いてくださいと言ってきた。編集者という職業は、転んもただでは起きないというのが通例である。彼のプロ意識に感心しながら原稿を仕上げて雑誌に載せてもらった。掲載後、読者から「私もプログレを聞きます」という反響が少ないながらもあったようなので、フライとプログレは必ずしも相性が悪いというわけでもなさそうだ。

 ちなみに渓流釣りには、カンタベリー系のプログレバンドがBGMとしてよくマッチする。それと冒頭に川のせせらぎが聞こえるYES『危機』も悪くない。確かにキング・クリムゾンは向いていないかもしれない。が、私はヤマメ用の必殺の黒い毛鉤を密かに「Bible Black」と呼んでいたことがある。