プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

あれから23年。

ヒースクリフ! 私よ、キャシーが帰ってきたわ。ああ、とても寒い。この窓から中にいれてちょうだい。

ケイト・ブッシュ嵐が丘』拙訳)

 私は久しぶり(10年とか15年のスパン)にあった人から「ぜんぜん変わってないねえ」と言われるタイプの人間なのだが、自分としてはあるときを契機に少なくとも内側は大きく変わったと思っている。それが1995年、年頭に阪神淡路大震災地下鉄サリン事件が立て続けに起こったあの年だ。一言で言うとイデアリストからリアリストになった。もっと噛み砕くと「守り」に入った。翌年、初めての子どもができたので、守りはいっそう強化される。守りというと内向きの姿勢とも感じられるが、自分以外の誰かを守るために死ぬこともアリかな、と思えるようになった、ということでもある。少なくとも1995年以前に自分がそんなことを考える様になるとは想像すらできなかった。そしてまた、いざという時のために簡単に死ねないな、とも。それまではいつ死んでも、ま、いいか、であった。そういえば初めて携帯電話を持つようになったのもその年だった。今でも私は携帯電話・スマートフォンは、あくまでも「非常用」だと思っているフシがある。

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『兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)』を読んだよ。

兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)

兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)

 

中公新書の中世モノの充実は歴史ファンとして喜ばしい限り。いつも言っているのだが、日本史で一番おもろいのは、やはり鎌倉~室町期だ。個人的には現在の日本人のメンタリティみたいなものはこの時代に形作られたと思う。その例証の一つが「徒然草」という作品で、本書は作者である兼好法師の正体を通説の検証を通して薄皮を剥いでいくような手付きで明らかにしていく。

家柄に箔を付けたい室町時代吉田兼倶という人物が家系図捏造によって歴史を大きく歪曲したことまでを白日の下にさらし、激動の時代を巧みに権力者を乗り換えながら要領よく生き延びたちょっと俗っぽい兼好像が浮かび上がってくる。僕はそう言う兼好にとても親しみを感じる。

ツンデレな著者の文章もなかなか味わいがあり、小気味も感じられ、途中ちょっと退屈なパートもあるのだが、楽しく読了することができた。

冥府の兼好法師も、もし本書を読むことができれば喝采をおくったのではないか?

小澤征爾さんと、音楽について話をする (新潮文庫)  雑感

 

小澤征爾さんと、音楽について話をする (新潮文庫)

単行本発売時から気になっていた本書、書店で文庫を見かけたのでようやく手に取ってみた。

 

タイトル通り村上春樹小澤征爾の対談集である。小澤の師匠カラヤンをはじめグレン・グールドバーンスタインといった深く関わり合った音楽の巨人たち、またベルリン、ウィーン、ボストン、ニューヨーク、そしてサイトウ・キネンなどのオーケストラについて、ベートーベン、ブラームスマーラーなどの作品とともに語られる。

対談の時期は2010年11月から2011年7月にかけてで、この時期、小澤は大がかりな食道癌切除手術からの回復期にあった。それゆえに対談する時間が持てたとも言えるわけだが、いまだ完全に回復しているとは言えないマエストロへの村上の気遣いも随所に感じることができる。対談の中身にはほとんど出てこないが、この期間に起こった東日本大震災が、ふたりの会話に微妙な陰影を投げかけているかもしれない。

 

 

本書を読んで感銘を受けるのは、小澤征爾のマエストロらしからぬあけっぴろげさと「自分は音楽の素人」と言う村上春樹の音楽の聞き手としての真摯さと耳の確かさである。どちらもかねがね感じていたことだけれど、文字として定着したモノを読むとあらためて圧倒される。特に聞き手の村上の音楽知識の深さとその知識を音楽そのものに滑らかにつなげる言葉を紡ぎ出す才能にはホレボレとする。僕はふたりのおかげで長年モヤモヤし続けてきたマーラーの音楽を深く楽しむための大きなヒントをもらったと感じている。

 

ちなみに小澤征爾は「レコード・マニア」が大嫌いだという。クラシックに限らず、音楽マニアの戯言とか音楽評論家の印象批評に辟易している人は少なくないと思うが、そういう人たちがこの本を読むと音楽を感じとる幸せとそれを言語化する喜びについての新たな知見が得られるに違いない。あらゆる日本の音楽評論家と称する人々は、ジャンルにかかわらず本書を熟読玩味すべきだろう。

 

ジャンルにかかわらずと言えば、小澤征爾がシカゴで開催される音楽祭の音楽監督を務めていたとき、治安の良くないライブハウスまで自ら運転して出かけ本場シカゴブルーズを浴びるように聴いていたエピソードはじつに興味深かった。

 

文庫化に際して、単行本には収録されていない「厚木からの長い道のり」という村上の後日談的エッセイが追加収録された。このエッセイにはジャズピアニストの大西順子の引退宣言から、長野県松本市の音楽イベントで小澤征爾(及びサイトウ・キネン・オーケストラ)と「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏し〝復活〟するまでの経緯が書かれている。大西順子とマエストロをつないだのは村上である。海外のジャズミュージシャンかから大きな評価を得ていながら、日本の音楽状況とビジネスに苦しみ引退を決意した大西が、本厚木の小さなライブハウスでラストコンサートを開催した。スシ詰め状態のその客席には村上と小澤の姿もあった。最後に完全引退を客に告げるステージの大西に向かって、客席の老いたマエストロは突然立ち上がって「おれは反対だ!」と叫ぶ。突然の事態に仰天する観客。マエストロはそのまま大西順子とサシで引退撤回の話し合いに入る。大西も相当頑固者だったようで、話し合いは日を改めて何回も続いたという。結局、1回だけイベントで「ラプソディー・イン・ブルー」を共演すると言うことになり、クラシックとジャズの垣根(特にリズム面での)を乗り越える困難を経てコンサートを成功させた。その後しばらくして、ビル清掃のアルバイトで生計を立てていたという天才女性ピアニストが、再びステージとレコーディングスタジオに復帰したのはみなさまご存じの通りだ。

 

本書を一度読み終えた後、僕はなんどもこの「厚木からの長い道のり」だけを読み返した。そしてマエストロが「おれは反対だ!」と叫ぶくだりで、胸と目頭が熱くなる。
クラシック、ジャズ、ブルーズ、ポップス、演歌などに関係なく、音楽が人にとってどれだけかけがえのないものか、僕は熱く率直なこのマエストロに教えられた気がしている。
「厚木からの長い道のり」が追加収録されたことで本書は、単行本よりさらに価値が増したと思える。いずれにせよ心から音楽を愛するすべての人に勧めたい1冊だ。

忙しいと釣りについて考えたくなる。

 

フライフィッシング―100の戦術

 忙しいと釣りについて考えたくなる。なぜだろうと思う。夢の中にも釣りが出てくる。釣れなくて苦しい。うんうん唸っていると目が覚めるのだ。

 

フライフィッシングを始めた頃、何気に洋書アメリカ)の入門書を買ってみた。ちょうど今みたいな繁忙期に仕事場を抜け出して、今は亡き銀座イエナ書店で買ったんだった。案の定、テクニカルな説明は、日本の入門書に比べて、ひじょうに丁寧に書かれており、たとえば輪っかになった状態で販売されているナイロンリーダーを絡みなく解く方法までも図解入りで書かれていて唸った(アメリカ人の不器用さゆえ、ともいえるわけだが)。

日本のその類いの本の多くは、技術を単に技術として書き表すことにテレがあり、文化・思想的なニュアンスを漂わすことに腐心している風でもあり、それはそれで気持ちはわからなくはないのだが、目的をはき違えていることは確かだろう。歪んだ(そして底の浅い)ディレッタンティズムみたいなものがそこにはあると思う。そのせいで入門者は壁を感じることになるのだが、ベテランたちは良かれと思ってやっているのでそのことに気付かない(ふりをしている)。そうしたフライフィッシング愛好家のメンタリティーの考察については以前少しだけ書いた

 

そもそも文化とは、細かいテクニカルなディティールの集積であり、それをしっかり書かない限り、意味をなさない。日本の入門書・解説書で納得いったのは、故西山徹さんのものだった。この人にもテレはあるのだが、それを処理するプロ根性があった。

フライフィッシング―100の戦術

 

一方、そのアメリカの入門書は釣り人同士のマナー・礼儀にまるまる一章を割いており、日本人の場合だと、たとえば「同じ趣味の人間同士、仲良くやろう。挨拶をしよう」程度で済まされる部分で、こう来る──挨拶はしたほうがいい。だが、釣り場で遭う人にはそれぞれ事情がある。ひとりになりたくて釣りにくる人も多いのだ。挨拶をして無視されても不愉快になるな──その通りである。

 

で、そのアメリカの入門書だが、どこにいったのか見つからない。もう一度、釣り人として初心に戻りたいので読み直したいのだが、わが家の中で煙のように消え去ってしまった。甘えるな...ということだろうか?

「ムーミンパパの思い出」再読

新装版 ムーミンパパの思い出 (講談社文庫)

 

映画「ムーミン谷とウィンターワンダーランド」が公開されたり、仕事場に近い銀座松屋ムーミンのチャリティ・ピンバッジが頒布されていたりと、今冬はなにかとムーミンを意識することが多かった。で、久しぶりに手に取ったのが「ムーミンパパの思い出」。初読は小学校3〜4年だったはずだから、すでに半世紀近く前だ。

この作品はパパが自分の人生を振り返って自伝を書き、その途中経過を息子たちに読み聞かせるという趣向だ。ヘムレンの孤児院を脱出したムーミンパパ(当時はパパじゃないけど)が、発明家フレデリクソンやスニフの父、スナフキンの父らとあちらこちら彷徨し、冒険を企てる一種のビルドゥングス・ロマンと読める。若き日のムーミンパパはとてもロックでヒッピー的な性格で、登場人物たちのフリーセックス的な家族関係もほの見えてなかなか興味深いものがある。本作でスナフキンがミイの弟であることが明かされる。

最後のムーミンママとの出会いは(笑っちゃうほど)衝撃的だし、エンディングの一節は現代の中高年にも刺さるものがある。

「太陽はいま、あがろうとするところです。(中略)あたらしい門のとびらがひらかれます。不可能を可能にすることもできます。そして、もし人がそれに反対するのでなければ、どんなことでもおこりうるのです」

シリーズの中でも再読に耐えうる名作なのは間違いないだろう。
 

葛西善蔵と酒が飲みたい。

葛西善蔵と釣りがしたい―こんがらがったセカイで生きるための62の脇道



先日、むかし部下だった男から電話があった。お互い前後して会社を辞めたので10年以上会っていない。要は、僕と飲みたい、昔迷惑かけたことをいろいろ反省してる…という趣旨なんだが、なぜ今電話してきたかよくわからない。おそらく本人にもわからないのだろう。いくばくかのアルコールの勢いを借りている様子でもある。

酒癖が悪い男で周囲にいろいろ迷惑をかけていた。基本的に賢いし、まじめにやればいい仕事をする。彼による宮台真司さんのインタビュー記事なんてちょっとしたものだった。確か宮台さんもいたく満足されていたはずだ。まあ、しかしメンタルにいろいろ問題を抱えていて、上司としてはハラハラしながら付き合った。ただし向こうがよく懐いてくれたし、僕の言うことは比較的よく聞いた。なんというかまさに破滅型私小説作家の葛西善蔵の再来みたいな男でどこか憎めない。私もたいがいに大人げない人間だが、彼と接していると分別くさいコンサバおじさんになった気分だった。
で、先ほどかかってきた電話の受け答えがまさにその当時の会話を冷凍保存したものを解凍するような不思議な感覚だった。ぜんぜん変わっていない。どこかで野垂れ死にしていても不思議ではない男だったので、元気そうでちょっとうれしかった。ちょっと、だけど。

丘を越えて 〜『嵐が丘』と前世の記憶

 

嵐が丘 (新潮文庫)

嵐が丘 (新潮文庫)

「エレン、あとどれくらいしたら、わたし、あの丘のてっぺんまで行けるようになる? 丘の向こう側にはなにがあるのかなあ──海?」

「違いますよ、キャシー嬢ちゃん」あたしは答えたものです。「これとおなじような丘が連なっているんです」

(エミリ・ブロンテ『嵐が丘鴻巣友季子訳 より)

 

若い頃から、まるで自分のこと(気持ち)が書かれているようだ、と思える小説作品といくつか出会ってきた。が、生まれる前の自分から語りかけられているような小説というのはこの『嵐が丘』しかない。無意識下の前世の記憶を呼び覚まされているような不穏な気持ちのまま、全編を読み通した。何回も。いつの時代かの自分がヒースクリフであったかもしれない恐怖におののきながら。

閑話休題

子どもの頃から、いくつかの土地に住んだ。それぞれの土地で丘の向こうに憧れ、成長とともに自転車を駆って丘を越え、それはとてもスリリングな体験であったが、向こう側にあったのはやはり丘であった。そうした事どもや丘の向こうの光景などを眠る間際にふと思い出すことがある。胸が夕日を含んだようにあたたかくなり、やがて、悲しみまじりの苦しさを覚える。いや、子ども時代の話とは限らない。

そこで初老男は丘をあきらめ、水の中に釣り糸を垂らすのだ。