プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

葛西善三と酒が飲みたい。

葛西善蔵と釣りがしたい―こんがらがったセカイで生きるための62の脇道



先日、むかし部下だった男から電話があった。お互い前後して会社を辞めたので10年以上会っていない。要は、僕と飲みたい、昔迷惑かけたことをいろいろ反省してる…という趣旨なんだが、なぜ今電話してきたかよくわからない。おそらく本人にもわからないのだろう。いくばくかのアルコールの勢いを借りている様子でもある。

酒癖が悪い男で周囲にいろいろ迷惑をかけていた。基本的に賢いし、まじめにやればいい仕事をする。彼による宮台真司さんのインタビュー記事なんてちょっとしたものだった。確か宮台さんもいたく満足されていたはずだ。まあ、しかしメンタルにいろいろ問題を抱えていて、上司としてはハラハラしながら付き合った。ただし向こうがよく懐いてくれたし、僕の言うことは比較的よく聞いた。なんというかまさに破滅型私小説作家の葛西善三の再来みたいな男でどこか憎めない。私もたいがいに大人げない人間だが、彼と接していると分別くさいコンサバおじさんになった気分だった。
で、先ほどかかってきた電話の受け答えがまさにその当時の会話を冷凍保存したものを解凍するような不思議な感覚だった。ぜんぜん変わっていない。どこかで野垂れ死にしていても不思議ではない男だったので、元気そうでちょっとうれしかった。ちょっと、だけど。

丘を越えて 〜『嵐が丘』と前世の記憶

 

嵐が丘 (新潮文庫)

嵐が丘 (新潮文庫)

「エレン、あとどれくらいしたら、わたし、あの丘のてっぺんまで行けるようになる? 丘の向こう側にはなにがあるのかなあ──海?」

「違いますよ、キャシー嬢ちゃん」あたしは答えたものです。「これとおなじような丘が連なっているんです」

(エミリ・ブロンテ『嵐が丘鴻巣友季子訳 より)

 

若い頃から、まるで自分のこと(気持ち)が書かれているようだ、と思える小説作品といくつか出会ってきた。が、生まれる前の自分から語りかけられているような小説というのはこの『嵐が丘』しかない。無意識下の前世の記憶を呼び覚まされているような不穏な気持ちのまま、全編を読み通した。何回も。いつの時代かの自分がヒースクリフであったかもしれない恐怖におののきながら。

閑話休題

子どもの頃から、いくつかの土地に住んだ。それぞれの土地で丘の向こうに憧れ、成長とともに自転車を駆って丘を越え、それはとてもスリリングな体験であったが、向こう側にあったのはやはり丘であった。そうした事どもや丘の向こうの光景などを眠る間際にふと思い出すことがある。胸が夕日を含んだようにあたたかくなり、やがて、悲しみまじりの苦しさを覚える。いや、子ども時代の話とは限らない。

そこで初老男は丘をあきらめ、水の中に釣り糸を垂らすのだ。

高峰秀子著『いっぴきの虫』雑感 〜類い希なる人間観察眼と文才を有する著者による出色の人物批評

いっぴきの虫 (文春文庫)

いっぴきの虫 (文春文庫) 

有吉佐和子松下幸之助東山魁夷杉村春子木村伊兵衛藤山寛美川口松太郎梅原龍三郎……各界の第一人者との対談集。だが、普通の対談とは違う。著者はそれぞれの人物と絶妙な距離感を取りながらも、その懐に飛び込んで通常のインタビュアーではかなわぬ相手の言葉と反応を引き出していく。さりげない会話の中に研ぎ澄まされた刃のような人間観察眼が鈍い光彩を放っている。

結果、単なる対談集を超えた出色の人物批評書となっており、一流の人々の凄みと弱さが見事なまでに文章化されることになった。対話部分と著者による地の文のバランスも人によって異なっていて、そこに巧まざる作意と透徹した批評眼のようなものを感じることが出来る。

ただ本書で最も心を打たれるのは、最初の方に登場する中国の演劇人・趙丹との真心と温情を感じさせる交流だろう。本書あとがきでその中国の友人の死の報せに慟哭する高峰さんの姿が養女の筆によって記されている。ここはほんとうにたまらない。思わずもらい泣きだ。近年、外交問題や爆買い騒動などによって中国人の一般的な印象はあまり良くない。根拠なく日本人を上に見る風潮があるような気がするが、多くの日本人は本書の「趙丹」およびやはり中国人の真心について語る「杉村春子」の章を読んで、ほんものの中国人のこころのあり方についてあらためて考えた方が良いだろう。

また、映画「二十四の瞳」の元子役たちとの交流もひじょうに心温まるものがある。本書でもっとも素の高峰さんを感じるのはオトナになった彼らとの対談においてである。

失われた名盤②『TALK ABOUT THE WEATHER 』 RED LORRY YELLOW LORRY

TALK ABOUT THE WEATHER

TALK ABOUT THE WEATHER   RED LORRY YELLOW LORRY



英国・リーズ出身のゴス/ポジティヴ・パンク・バンドの1stアルバム(1985)。グループ名は「赤いタンクローリー、黄色いタンクローリー」という英語の早口言葉で、日本語で言えば「赤巻紙、黄巻紙」なんだろうかね。

 

神経症的によじれたサイケデリックギター、ゴリゴリ攻める強烈なベースライン、リズムマシンを多用したつんのめる機械ビート、クールでダークなヴォーカル等、最近のクラブでかけてもいいんじゃないかと思えるほど普遍性を感じるサウンド。陰鬱で退廃的で破壊的で痙攣的……言ってしまえばJOY DIVISIONKILLING JOKEの影響下にあるバンドでしょう。

当時、ビジュアル的に地味でもあり同郷の「SISTERS OF MERCY」という大物がいたため、その影に隠れてあまりブレークしませんでしたが、サウンド面ではそれほど引けを取りませんし、ある意味独自のポップセンスを備えたバンドでした。

 

特筆すべきヒット曲があるバンドではありませんが、多くの名曲を残しているのです。僕が一番好きなのはこの曲!


Red Lorry Yellow Lorry Hollow Eyes

 

 

ポール・マッカートニー関西人説

f:id:indoorffm:20171031234739j:plain

10年ほど前にビートルズのLet It Beを関西弁に訳してブログに載せたら、ちょっと反響がありまして、それを再掲してみます。ネイティブな方にはやや違和感あるかも。

-------------------------------------------------------------------------------

 

「それで、ええやないか」

わてにどないせぇっちゅうねん! ってなったら、

聖母マリアはんが来てくれてな、

ええこと、ゆうてくれまんねん。「それで、ええやないか」

ドツボで、目の前まっ暗闇のわしの、まん前に立たはってな、

ええこと、ゆうてくれまんねん。「それで、ええやないか」。

「ええやないか、かめへん、かめへん」

「ええやないか、かめへん、かめへん」

ほんま、ええこと囁いてくれまんねん。

「それで、ええやないか」


(Let It Be 原詞)


When I find myself in times of trouble

Mother Mary comes to me       
    
Speaking words of wisdom Let it be

And in my hour of darkness

She is standing right in front of me

Speaking words of wisdom Let it be

Let it be Let it be

Let it be Let it be

Whisper words of wisdom Let it be

 

 

「日本も、けさから、違う日本になったのだ」

 

f:id:indoorffm:20160802040722j:plain

久しぶりに政治の話をする。

 先の衆院選において、何人かの(リベラルな)純文学作家の方々が反アベ政権の立場から発言していて、ことごとく幼稚かつ的外れで呆れた。文学の言葉が現実への影響力を失って久しいが、その自覚がないままに現実を語る言葉の浅薄さにはもにょんとするしかない。
 まあ、文学者に限らないのだが、現政権への批判者の多くが、安倍晋三は好戦的なナショナリストであり、ナチスヒトラーにも匹敵する独裁政治を進めようとしている…という視点での政権批判を行っている。いわゆる「モリ・カケ」問題に関しても、独裁者が友達を優遇するために官僚に忖度を求めたというストーリーにしたいように見受けられるが、森友の夫婦が詐欺師だったり、安倍夫人が相変わらず軽率だったり、官僚は省益のために平気で公文書をなきものにするなどの事実は浮き彫りにされたけど、肝心の首相の疑惑に関しては半年たっても何ら証拠は出てこず、結局は単なる言いがかりであることが明らかになってきた。
 安倍晋三の反対者たちは、彼が独裁者をめざしているわけではなく、彼なりの「平和な民主国家」を築こうとしているということに目を向けた方が良い。そこを出発点にして初めて、現政権への有効な反駁が可能になるだろう。その中で経済・金融政策に関してはなんとか巧く綱渡りを続けており、外交に関してはむしろ加点が多いことに着目すべきだ。意味不明な「独裁者」批判をし続けても、そう言っている本人の身がいつまでも無事であるという矛盾を国民は大いに嗤っている。個人的に安倍晋三は好きな政治家ではないが、現時点では経済と外交における長期政権のメリットというものをしみじみ実感せざるを得ない。

 

まあしかし、私を含めた国民というものも決して当てにはならない。

 

日露戦争で戦争の継続を訴え、日米戦争開戦時に黒船来航以来の胸のつかえがとれたという日本国民。当時の記録や文章を読むと、戦争責任は、多くの普通の庶民にあることがよくわかる。政治家と軍人の優柔不断と手前勝手なファンタジー(どちらも日露戦争時はその終結をもっとも願ったリアリストだったのだが、昭和になると堕落していた)が、そんな国民の情念を後押しした。

33歳の太宰治でさえ、日米開戦の一報を聞き、

 

 強い光線を受けて、からだが透明になるような感じ、あるいは精霊の息吹を受けて、つめたい花びらを胸の中に宿したような気持ち。日本も、けさから、違う日本になったのだ

(太宰治『十二月八日』)

 

 

などと、頬を染めて熱弁しているくらいだ。他は押して知るべし。文学者カナリアとしてはまったく無能である。

  今回の衆院選では、鳴り物入りの小池党=「希望の党」が盛大にこけたために、ミンシン党を解体した前原誠司という人が揶揄の的になっているが、私は前原さんの蛮勇があってこそ、野党のもやもやした閉塞状況打開のキッカケがつくられたと思う。希望の党も、立憲民主党も、このままではグズグズになる可能性が高いけど、「日本も、けさから、違う日本になったのだ」といえる局面を開いた功績は認めてあげたい。たとえ新たな混迷の始まりだとしても、閉塞よりはマシだろう。ただ、前原さん本人はそうした思慮ではないような気もするけど。

半年ぶりに秩父フライフィールド「キャンプデー」に行ってきたよ (後編)

(中編からつづく) 

 

f:id:indoorffm:20171023180952j:plain

 

楽しい宴会の途中でとんでもないことに気付いた。「寝袋持ってくるの忘れた」。バックパックに荷物詰める際、「今回はどの寝袋にしようか?」と考えていいて、結論を出さないまま荷造り終了してしまったのだ。マヌケである。しかし、このピンチも秩父漁協が備品の寝袋を貸してくれて助かった。もう秩父方向に足を向けて寝られない。

f:id:indoorffm:20171023181741j:plain

「どこにも寝袋が入っていない!?」


 

翌朝は早朝4時頃から釣り人たちはもぞもぞ動きだし、僕も5時半ごろには起きたら、外では我々の仲間のコーヒーマスターであるアンドーさんが、いい匂いのコーヒーを淹れていた。それをいただき、ダラダラおしゃべりをしていると、いつもやる気満々のシミズさんとヨシダくんはまだ陽があがる前なのに釣り支度して、さっさと川に向かっていった。若いナ。僕も30代ぐらいの時はああだったナ….などと思いながら美味しいコーヒーをすする。頭がしゃっきりしてくる。日の出。よし行こう。だって釣りをしに来たんだから。

f:id:indoorffm:20171023181048j:plain

10〜15cmぐらいの水深の瀬とヘチでこれくらいのイワナが何匹か釣れた。


この日も釣り場はいいコンディションだった。1匹目はイワナ。昨日のような食いの浅さもなかった。それどころか沈むフライでは毛鉤を丸呑みされることが多かった。途中、イナガキさんに会ったら、このフライ使ってみて下さいよと奇妙な毛鉤を渡された。釣り鉤に靴ひものような柔軟な革紐を結びつけたその毛鉤に交換してみる。毛鉤の重さでまともにキャストできない。しかも使っているうちに革紐が水を含んでますます投げにくい。しかし、なんとかポイントにポチャンと落とすと、柔らかい革紐はミミズのような、ヒルのような、あるいは逃げ惑う小魚のような、面白い泳ぎ方をする。すると付近にいた魚がそわそわし始める。直後、一匹が辛抱溜まらん!という感じで毛鉤に飛びつき、ロッドで合わせるとずしりと魚の重みを感じる。こんな釣り方で40cm近いニジマスが2匹釣れた。魔性の毛鉤だが、通用するポイントと、あまり反応しないポイントがあった。釣り人に何回も叩かれているような、釣りやすいポイントでは反応が悪いように感じた。

f:id:indoorffm:20171023180726j:plain

ニジマスはサイズの割に強いファイトをする魚が多かった印象。

何匹か釣っているとちょっと飽きたので今度は「クロスオーストリッチ」に毛鉤を交換した。日本のフライフィッシング界の鬼才である島崎憲司郎さん考案のこのフライパターンは『フライの雑誌』誌上で発表後、材料のオーストリッチ・ハールが品薄になるなど一世を風靡した(狭い一世だけど)。つくるのが超簡単でとにかくどこでもこの毛鉤を沈めれば釣れる。そうやっているウチにあっという間に昼飯時間が迫ってきた。そこで最後にまたスタンダード・ドライフライ「クイルゴードン」に替え、ライズを拾っていく。チビだけどヤマメちゃんも釣れた。これでニジマスイワナ・ヤマメの3種達成。

f:id:indoorffm:20171023181354j:plain

ヤマメ18cmぐらい。かわいいのう。


気がつくとみんな昼飯のために川から上がって、川にいるのはイナガキさんと僕だけになっていた。と、対岸ギリギリで「ボスっ!」と言うライズ。クイル・ゴードンを投げると、「ぱっくり」とスローモーションを見ているような理想的なタイミングで魚が食い付き、ロッドに重みが伝わった。40cmは切るがいい体格のニジマス。「よしっ!満足。これで一区切り。昼食にしよう」
イナガキさんは、まだ釣っている。ホリウチさんもそうだが、このしつこさ、ねちっこさこそがほんとうに釣りが上手い人の特徴であろう。見習いたいものだ。

昼飯はウチダさんがつくる秩父名物みそポテトと、この日の朝にやってきたタナカさんが持ってきたカマスやメアジ、キンアジの干物を焼いた。ことごとく旨い。お腹が満足したら、なんか釣欲も満足してしまったみたいで、ここで解散と相成った。まあ、おっさんたちの体力の限界でもある。

f:id:indoorffm:20171023181550j:plain

秩父の山奥で香ばしく焼かれる海の魚たち。


こうして秩父フライフィールド「キャンプデー」の2日間が終わった。次回は来年の5月だが、その前に正月2日の厳冬強化合宿というのもあるらしい。今回のように寝袋を忘れたら凍死しそうだが、可能であれば参加してみたいものだ。

(完)