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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

5/27・28「秩父フライフィールド in キャンプデー」に参加してきたよ!

 最近、渓流釣りといえばもっぱら「秩父フライフィールド」ばかりの私。だって近くて、大物含めて良く釣れるんだもん!

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 この釣り場は日本有数の重力式コンクリートダム「浦山ダム」(上写真、橋の奥にちらりと見える)直下の浦山川(荒川支流)の一部区間を利用した、いわゆる管理釣り場で、流域にある秩父漁業協同組合が管理者であり、釣り受付事務所になっている。

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河原に草が生い茂りすっかり夏の雰囲気になっていた秩父フライフィールド」。それでも陽がかげるとちょっと寒い。27日の夕方には小雨もぱらついた。

 管理釣り場といえども、ほとんど手を加えていない自然渓流だし、毛鉤釣り専用で一日の人数制限(申込み制)があり、キャッチ&リリースやバーブレスフック(針先のカエシがない釣鉤)使用といったレギュレーションが定められているので、いつでも楽しく快適に釣りができる。魚種もニジマス、ヤマメ、イワナの三種が放流され、いずれも40〜50㎝クラスの大物が混じっているので、ロッドもラインもそれなりに丈夫なものを使わないと泣きを見ることになる。舐めたらアカンで。

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フライフィールド最上流部の立て看板。バーブレスフックがレギュレーションとなっているのは、リリースの際に魚に与えるダメージを少しでも軽減するため
 
 5月27〜28日に「キャンプデー」のサービスが実施されるというので、いつもの仲間たちと参加してきました。夕方&翌朝の釣りとキャンプ料金あわせて3500円。安い!

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駐車場の一部もキャンプスペースに利用できる。ただ昼間は直射日光で暑いかも。共同トイレに近い高台の日陰がオススメ。

 

 まずうれしかったのは、初日最初に釣れたのが、昨年は1匹も釣っていなかったイワナだったこと。どうやらそのポイントにはイワナが溜まっていたようで、その後、立て続けに同サイズのイワナが釣れ続く。やっぱり僕は、釣り損なっても毛鉤に何度も飛びついてくれるコイツらが渓流魚の中で一番好きかもしれない。

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釣れるイワナのサイズは22〜23cmとアベレージでしたが、アメマス系のきれいな白点を体側にまとった姿にホレボレ。
 
ポイントを変えて、ニジマスとヤマメを追加して日暮れとともに初日は終了。ライズはそれほど多くなかったですが明るいうちからドライフライフィッシングのみで十分釣りになりました。暗くなっても粘っていた仲間の一人がアルビノニジマスを釣り上げたのですが、なんと自分で釣ったアルビノの写真を漁協にメールすると次回の釣りが無料になるんですと。僕も狙ってみよう。

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このぎらぎらした感じのニジマスはサイズの割りにはパワフルにファイトして、なかなかランディングさせてくれなかった。

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太陽を受けて光輝くヤマメちゃん。これはドライフライで出なかったので毛鉤を少し沈めて釣った。

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このくらいのニジマスドライフライで釣れ盛った。
 
 夜は秩父漁協さんのご厚意で事務所スペースをお借りしてキャンプデー参加者懇親の宴。漁協組合長さんよりの差し入れ「絶品・秩父モツ」を始め、みんなで持ち寄った充実したおつまみ類がもりだくさん! 中学生、大学生から50代までの幅広い年齢層の面々は、最初はもちろん釣りの話をしていたんですが、夜が更けるにつれ、次第に「この世の者ではない人々」の話に。メンバーの一人に見える男がいたんです….。

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「金麦」は漁協さんの差し入れ。ありがとうございます。約1名の未成年はコカコーラとカルピス。宴は盛り上がりつつ11時頃まで続いた。

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山海の珍味もりだくさん。焼鳥は近くのスーパー前で軽トラ営業していた閉店間際の焼鳥屋さんに「残り全部ちょうだい!」と言ったら少々サービスしてくれた。
 
 翌朝は4時自然起床で、5時前に釣りスタート。明らかにドライフライフィッシングでは出が悪いので、ニンフフライを沈めて大物を狙うも、釣れるのはアベレージサイズばかり。飽きない程度に釣れるから楽しいんだけど、見えている大物に無視されっぱなしでややモチベーション低下。最後に対岸ぎりぎりでライズしていたニジマスドライフライに替えて、狙い通り一発で釣り上げたところで朝8時ごろに納竿。

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 ラスト1尾(左)。やはり朝はコーヒー飲まないと目が覚めきらない……

 

 その後は駐車場兼キャンプスペースでコーヒー飲んでおしゃべり。昼になって帰る人もいましたが、われわれの仲間はそこから「スキレット会」を開催。肉と野菜、タマゴをスキレットで適当に焼いて、食う、食う、食う……。

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いつもは七輪+網だけど、今日はカセットコンロ+スキレット。お手軽でいい。
 
 今回も実に楽しい24時間だったけど、個人的には大物にやや未練を残し、帰路の車中で「ああやれば良かった……こうやればよかった」と反省しきり。まあ、その未練が次回の釣りへのモチベーションにもなるんだけど。

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釣り場で見かけた、かなりしつこそうなフライマン(?)。結局はこういう人が良く釣るんだよな……。

 

【書評】『日本神話の源流』 吉田敦彦〜「吹き溜まりの文化」としての日本文化。神話からたどるその特異性と〝グローバル〟性。

日本神話の源流 (講談社学術文庫)



渓流釣りをしていると、川の流れは一様ではないことがよくわかる。
エサや毛鉤を魚の目の前に送り届けるためには、なにより流れを読む目が必要だからだ。
岩やカーブで押し曲げられ、ねじ曲げられた流れはいくつにも分かれ、渦を巻いたり、時には逆流することさえある。
降雨による水流の増減は、同じ川の同じ場所の流れの表情をがらっと変えてしまう。
中規模、小規模のいくつもの流れを包含しつつ、刻々と変化しながら大きな川の流れができあがっている。
そんな複雑な流れのあちらこちらに、吹き溜まりになっている箇所があり、
そうした場所には、渓流魚のエサとなる水生昆虫などが集まりやすくなる。
釣り人にとってはおいしいポイントである。

 本書の冒頭で著者は、日本文化が「吹き溜まりの文化」であると指摘している。

〝太平洋の海洋文化圏、中国・朝鮮半島の遊牧・農耕文化圏、北方狩猟文化圏と接する日本列島。先史時代より、いくつもの波のように日本に到来した人々がいた。我々のルーツはどこなのか。日本神話は、東南アジア地域ばかりか、印欧語族の古神話と、同一の構造を備えていることも明らかになった。日本神話の起源・系統、その全体構造や宗教的意味を、比較神話学で徹底的に解読する。(講談社学術文庫 解説)〟
最近の浅薄な「日本(文化)すごい」の風潮とはまったく異なる日本文化の特異性と〝グローバル〟性に考えが及ぶダイナミックな議論はスリリングだ。

日本神話はオリジナルではないが、吹き溜まった世界の文化を消化し、自分達のツールとして生まれ変わらせるというのは、現代のテクノロジーにも通底する。
著者が提唱する日本神話の印欧神話影響説はかなり批判もがあるのだが、
ギリシャ神話・スキタイ神話などの印欧系神話とのアナロジカルな関係性は無視できないだろう。

大学時代に私は著者のレヴィ・ストロースの講義を受けたが、とても情熱的な授業であった。
大教室の授業なのだが、その大声にしばしば拡声器が音割れしていたことを思い出す。
本書を読みながら、しばしば頭の中ではその割れた声が反響していた。
 

Trouble is my business.

 

アニマルズ

きみが僕のことなんかお構いなしで

僕もきみなんか気にもしてなかったとしたら

僕らはきっと 退屈と苦痛のなかを

千鳥足で歩いて行ったことだろう

時折 雨の降るなか 空を見あげ

僕らのうちで悪いのはどちらだろう

などと考えながら・・・・・

翼のある空飛ぶ豚を追い求めながら・・・・・

PINK FLOYDPigs on the wing Part1』山本安見訳)

 

多分、悪いのは僕なのであろう。といつも考える。が、悪い自分をどうしようか、とかあまり考えない。ひたすら受け入れる。行為そのものだけを反省する。すると、自分の外の世界が鮮明になってくる。そんなものが鮮明になっても、少しも生きやすくはならないが、将来的に逝きやすくなるかもしれないなあ、と思う。多分。

しかし、このところ少しTroubleが足りない気もしている。やや自分が見えにくくなっている。かといってこちらからTroubleを招く真似などはしないのだが。

 

Trouble Is My Business (English Edition)

Trouble Is My Business (English Edition)

 

 



奇妙な味のタイトル3題〜『夫のちんぽが入らない』『聲の形』『葛西善蔵と釣りがしたい』

 レコードやCDのジャケ買いがあるように、小説本にはタイトル買いがあると思う。

 たとえば、高校時代に読んだ『芽むしり仔撃ち』や『性的人間』『万延元年のフットボール』『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』といった大江健三郎作品はタイトル買いだった。そしてこの頃までの大江作品は、読み辛い文体ではあったが概ね期待以上の中身であった。村上春樹が大江作品をパロって『1973年のピンボール』という作品を書いた時は、「やるな!」と思った。決して万人に勧める傑作とは言わないが、今でも僕のお気に入りの作品である。中身と共にタイトルに奇妙な味を求めるのが私好みであるようだ。

 

 連休前に『夫のちんぽが入らない』(こだま 著/扶桑社)という話題作を読んだ。ほんとうは連休中に読むはずだったのだが、冒頭をちらっと読み始めたら止められなくなり、寝る時間を削りに削って、遂にしまいまで読んでしまった。

夫のちんぽが入らない

夫のちんぽが入らない

 

 これはすごい小説だなと思った。珍妙なタイトルだが、読み終えるとこれ以上この小説にふさわしいタイトルはあり得ないと言うことを得心してしまう。しかし書店で買うのには勇気がいった。まあ一応、タイトルの露骨さを軽減する洒落た(&タイトルが読みにくい)装丁になってはいる。

 小説の内容説明という無粋は避けるが、「ちんぽが入らない」という事実は主人公=語り手の「性」だけではなく、「生」そのものの困難性を表している。なにせ心を許した「夫」のものは入らないが、行きずりの男のモノは入るのだから…。「人と人のわかり合えなさ」と「わかり合いたい関係性」。その間で引き裂かれ、お互い精神を病みながら、一つ一つ積み木を重ねてお城を造っていくように、夫との姉妹のような夫婦関係を築いていく……。

 「まてよ、この小説はつい最近読んだアレと同じテーマを別の位相から書き上げたモノじゃないのか」。そう思ったのは、読後まもなくのことだった。

 「アレ」というのは小説ではなく、『聲の形』(大今良時 作/講談社)というマンガ作品だ。聾唖者とイジメという陰惨な題材を取り上げたこの作品は、まだ未熟な10代の少年少女たちが「わかりあうことの困難さ」に直面した時に味わう孤独や絶望、さらにそこからの再生の願いと希望を大胆だけれど細やかなストーリーテリングで描いた優れた作品である(アニメ化もされたがそちらは未見)。

  この作品ではヒロインが聾唖者である設定が、「ちんぽが入らない」困難性に相当する。作者インタビューによると、作品タイトルに「聲」という一般的ではない旧字を当てたのは、この漢字が「声と手と耳」が組み合わさってできており、「気持ちを伝える方法は声だけじゃない」という意味を込めたいと思ったからだそうだ。奇妙とまでは言えないかもしれないが、「聲」という文字への思い入れが、この作品のタイトルに「声」では持ち得ない独特の誘引力をもたらしたことは確かであろう。

 『聲の形』は小学校6年(11〜12歳)から18歳(但しエンディングは20歳)までの話であるのに対して、同じ「わかりあえなさ」を描いた『夫のちんぽが入らない』は主として大学入学(18歳)〜38歳の20年間の物語である。内容的にまったくつながりはない別の作品だが、その期せずしての〝連続性〟が、私は(ヘンな言い方ではあるが)なんだか少しうれしく思った。

  ついでにもう1冊、奇妙なタイトルの本を紹介したい。フライフィッシング専門誌の編集者が書いた『葛西善蔵と釣りがしたい―こんがらがったセカイで生きるための62の脇道』(堀内正徳/フライの雑誌社)である。著者の目が捉えたフライフィッシングを中心とした釣りを楽しむ人々の生態を屈託のある、しかし素直な文体で綴ったエッセイ集で、中にはあまり釣りに関係ないのではないかという話も混じっている。

  本のタイトルの『葛西善蔵と釣りがしたい』というのは、収録されたエッセイの一編のタイトルでもあり、その文章にはこんな一節がある。

「わたしは、自分が興味を持った相手とはいっしょに釣りをしてみたいと思う。いっしょに半日釣りをすれば、喫茶店で百ぺん会うよりはるかに多くの情報を得られる。釣りの種類はなんでもいいが、フライフィッシングはあれやこれやとややこしい釣りだから、その人の性格がまともに現れて分かりやすい」

 じつを言うと著者は私の数少ない釣り友だちの一人で、30代半ばより彼と一緒に数え切れないぐらい釣りをした。半日でも相当な情報を得られるらしいので、私の性格などはとっくの昔に丸裸にされてしまっているのかもしれない。

 そういえば、一時期、彼から「いま、●●川がすごく釣れるんですよ!」という釣行のお誘いが多かったが、実際に行ってみるとまるで釣れないというケースが続いた。あれは敢えて釣れない釣り場で私がどのような反応をするかを見極めるためだったんじゃないか? そんな疑惑がちらりと頭をよぎるのであるが、いやしかし、あまりの釣れなさ加減に強く地団駄を踏んでいたのはいつも彼の方であった。そしてこの本はそのような決して懲りない釣りバカというものの習性がきわめて素のカタチで描かれている。

マイナーな釣り雑誌の出版社から出ている本ではあるが、むしろ釣りをやらない人が読んだほうが、釣り人という珍妙な人々の面白さをより楽しめるかもしれない。人と人との「わかりあえなさ」を、ユーモア(x)と洞察(y)の関数によって乗り越えようとした試みが本書だからだ。

ちなみに本書によると、どうやら破滅型の私小説作家である葛西善蔵も釣りが好きだったそうだ。破滅したくないよ。

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April Come She Will 〜今月の読書録〜

  • なんだかんだ言って本読んでるな。でも、積ん読も多いんですよ。仕事で読んだ本を除いて、今月読み終わった本をざっと紹介してみる。

  •  

    聲の形講談社/全7巻)

     大今良時

    アニメ映画化もされた話題作。設定からは「障害者差別」「いじめ」というタームが思い浮かぶが、気持ちを伝えあうことの困難さが作品の大きなテーマであろう。誰しも子どもの頃、気になる相手に自分の気持ちを伝えきれなかった悔恨というものから自由になれずに大人になると思うが、その悔恨を極大化するための設定が聾唖のヒロインということだろう。などと冷静を装う私であるが7巻読み終わるまでに何回も胸をかきむしりたい誘惑に駆られた。悔恨は「子どもの頃」に限ったことではないし……。作者が可能性だけを示し、すっと手を引くようなエンディングもとても良いと思う。定評通りの名品。

    聲の形 コミック 全7巻完結セット (週刊少年マガジンKC)

  • 聲の形 公式ファンブック (KCデラックス 週刊少年マガジン)

  • 大今良時

    前述の『聲の形』はもともと新人マンガ賞受賞作で、聾唖を取り上げた内容からか当初は雑誌掲載を見送られたが、その後、別冊マガジンに掲載。さらに連載前に改作した読み切り版が週刊少年マガジンに掲載された。このファンブックには連載ストーリーのプロローグとなるその二つの読み切り版が掲載されている。さらに20時間以上に及んだという作者インタビューがすごい。作品のディティールや裏設定を実にあっけらかんと語っていて驚く。作者がすでに世に出した作品についてここまで語ることには賛否はあるだろうが、この『聲の形』というあまりにも失語的で、余白の多い物語には許されるんではないかと個人的に思う。 ちなみにこれらの貴重な証言を引き出したインタビュアーは知り合いの凄腕ルアー師さんなのです。素晴らしい!

    聲の形 公式ファンブック (KCデラックス 週刊少年マガジン)


    amzn.asia

    織田信長の家臣団―派閥と人間関係 (中公新書

    和田 裕弘 

    織田信長本人も先祖をたどればかなり怪しい出自であるが、家来たちはそれに輪をかけて得たいのしれない人物どもであった。身元不詳の馬の骨としか言えないような羽柴秀吉滝川一益明智光秀などはもちろん、古参の家老であった柴田勝家ですらその家系ははっきりしない。本書はその信長の武将たちがどのように家臣団を組織し、力を発揮したか(あるいは発揮出来なかったか)を、最新の知見を駆使して詳述した本。信長及びその家臣団の研究については谷口 克広氏という先達がいるが、本書はその成果を踏まえつつも、より踏み込んだ考えを披露しており、佐久間信盛滝川一益の軍団編成では初めて知ることが多かった。また柴田勝家軍は内部抗争が絶えず、本能寺の変後に秀吉に後れを取った一因となったのでは…という見方はなるほどと思った。著者の和田氏はわたくしと同世代(1962年生まれ)。なんと本業はサラリーマンのアマチュア歴史研究家なのだとか。 

    織田信長の家臣団―派閥と人間関係 (中公新書)

 

 

 

  • 海街diary 8 恋と巡礼 (フラワーコミックス) 

    吉田 秋生 

    ※下記参照http://indoorffm.hatenadiary.jp  

  •  

    ヒストリエ(10) (アフタヌーンコミックス) 

    岩明均

    「カイロネイアの戦い」始まる! いきなりアレキサンドルの本性が全開。そしてどこまでも女運がない主人公エウメネス。フィリッポスに嫁ぐエウリュディケの悲哀。それぞれの人物の末路を知っていると、もう胸かきむしられる展開なのである。岩明先生は、わかりにくいが、奥の深い感動を描く第一人者だ。

    ヒストリエ(10) (アフタヌーンコミックス)

     

     

    (ゲッサン少年サンデーコミックス)

  • 石井あゆみ 

    5巻ぐらいまでの怒濤の面白さが薄れてしまった巻があるが、本巻では羽柴兄弟の暗躍から、物語のエンディングに向けた大きな転換が描かれている。史実通りなら信長の寿命はあと3年あまり….。なお、テレビ化・映画化作品はとんでもなくつまらない劣化コピーなので見ない方がいいだろう。

  • 信長協奏曲 15 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

  • とめられなかった戦争 (文春文庫) 

  • それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫

  • 加藤陽子

  • 同じ著者の近接するテーマの2冊。前者はNHK教育テレビさかのぼり日本史」の放送内容の増補版、後者は栄光学園の中高生向けに行った集中講義をまとめたもの。どちらもとてもわかりやすいが、突きつけてくるものは重い。後者では著書は、生徒たちに自分が参謀だったり、満州移民だったら何を考えるかと「戦争を生きる」ことを求めている。歴史を学ぶとはどういうことかを問いかけてくる一冊。ただの戦争反対の連呼では戦争を止めることはできない。  

  • とめられなかった戦争 (文春文庫)

    とめられなかった戦争 (文春文庫)

     
    それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

    それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

     

     

     

  • オリエント急行殺人事件 (古典新訳文庫) 

  • アガサ・クリスティー /安原 和見 (訳) 

  • この作品を初めて読んだときの衝撃は忘れられない。いや衝撃ではなかった。驚愕と感動が入り交じった何とも言えない複雑かつ昂揚した感情だった。まだ中学生だったのでその気分を言葉にする術を知らず、「探偵小説としてルール違反だよな」と悪態をついた。それから40年経つ。何度もこの作品を読み返した。推理小説でこれだけ再読した作品はない。今回新訳が出たので、また読んでみた。ラストでぶわっと来た。こんな話しでいいのか! 犯罪を肯定しているじゃないか!? でも、これしかないよな。ポアロは2つの解を示した。選ぶのは読み手だ。そして毎回、クリスティの手にまんまと乗ってしまうのだ。やっぱり素晴らしい。これが小説だ。でも新訳の意味はいまいち感じなかった。

    オリエント急行殺人事件 (古典新訳文庫)

 

  • 国のない男 (中公文庫) 

  • カート・ヴォネガット /金原 瑞人 (訳) 

  • 若き日の村上春樹センセイもインスパイアされたというアメリカの現代SF作家による遺作エッセイ集。はぐらかすようなユーモア感覚の向こうに透徹した厳しい視線が未来を見ている。書かれたのはブッシュ政権下であるが、まるでイタコの口寄せでヴォネガットが語っているような、現代に蘇る恐ろしい預言書になっている。もう何も言うことはない。ただ読むのみだ。

    国のない男 (中公文庫)

 

  •  以上が読了本だが、本日、仕事で出かけた六本木の青山ブックセンター『夫のちんぽが入らない』 (SPA!BOOKS)を買ってきた。家族に見つからないようGWにこそり読むつもり。

  • 夫のちんぽが入らない (SPA!BOOKS)

『海街diary 8 恋と巡礼』読了

海街diary 8 恋と巡礼 (フラワーコミックス)

 


1年以上ぶりの第8巻が発売されたので、早速購入して読了。

『恋と巡礼』....実際に巡礼する場面が出てくるのだが、さまざまな想像を掻き立てる魅惑的なサブタイトルである。
 
本巻ではこれまでもっぱらお笑い担当で脇に徹していた三女のチカが新しいヘアスタイル(笑)とともに、突如主役に浮上している。
鎌倉を舞台に繰り広げられるほの明るく平和な日常とその裏側にある不倫、離別、闘病、死…が織りなす淡色のタペストリがこの作品の持ち味だが、
前巻の終わりで示唆された新しい生命の誕生が登場人物と物語に静かだけど重い波を呼び起こす…。

個人的に前巻は物語の収束に向けた〝つなぎ〟的な1冊と感じられたのだが、今回は、4姉妹それぞれの収束への道筋が浮かび上がってくる密度の高い1巻となっている。生きることの喜びと悲しさ、望みとあきらめ。そこかしこにグッと来るセリフが散りばめられ、なんかいろいろ泣けますわ。

連載開始からはもう10年以上経っているが、物語の中の時間経過は2年あまり。もともとしっかりしていたが中学生のすずの変貌は眩しい。この年頃だと、2年あれば、ここまで成長することができるのだな。おじさんはうらやましいよ。
 
しかし次巻はまたもや1年以上先になるのか….まあ、『ヒストリエ』よりはマシだけど。

 

どうでもいいこと。

孤独の発明 (新潮文庫)

すべてはどうでもよいことだったゆえに、父はどこへ行っても好き勝手にふるまう(テニスクラブにもぐり込む、レストラン評論家のふりをして無料で食事にありつく)ことができた。それを可能にするために、父は自分の持つ魅力を精いっぱい活用した。だからこそ、目的を達したところで、何の意味もありはしなかった。(ポール・オースター『孤独の発明』~見えない人間の肖像~ 柴田元幸訳/新潮文庫

 

10代半ばから20代半ばまでの10年間以上、しばしば見た夢がある。

ふと気づくと、自分が歌とダンスのアイドルグループ(あるいは演劇集団)の一員になっており、ショー開幕の時間まであと5分しかない。しかし、何の歌とどういうダンス(あるいは台詞と役柄)を披露すればいいのか、まったく記憶にない。第一、自分は単なる学生(もしくはサラリーマン)だったはずだ…。時間はたちまち過ぎ去り、ステージの幕があがる。他のメンバーの歌声と振り付けをみながら、必死でステージをこなす自分。観客は私の無様な姿に気づいていない様に、ステージに熱い声援を送り続ける。そこで私は気づく。「これはどうでもいいことなんだ」

ばかげた夢で、見るたびに失笑してしまったが、当時、私が社会と自分との関係をどのように捉えていたかがよくわかる。18歳の頃、この夢を題材とした短編小説を書いたこともあった。小説の設定は、アイドルのステージではなく、突然見ず知らずの人々に囲まれたパーティー会場に立っている自分に気付く、というものであった。そのパーティーにおける”マナー“を、最後まで理解できない主人公は、宴の終わり近くになって給仕の扮装をした2人の屠殺人に両腕をつかまれ、パーティーの余興として首を切断される。切断された首はそれでも目を凝らして”マナー”の存在を確かめようとするが、それは刻々と変化しているようでもあり、なかなか判別することはできない。胴体がないのにそんなことをしているのは「まったく無意味なことだ」と思いいたった時点で、あらゆる知覚が薄れ、消え去っていく…。

フランツ・カフカの影響ありありの、若気の至りである。あの原稿はもはや手元にない。よかった。