現実の上空2mよりの落下。
モンドがどこから来たのか、誰にも言えなかったに違いない。ある日たまたま、誰も気がつかないうちにここ、私たちの町にやって来て、やがて人々は彼のいるのに慣れたのだった。
(J・M・G・ル・クレジオ『モンド』豊崎光一/佐藤領時訳 冒頭部)
このように始まる短編小説を読みながら(これで4度目だ)、私自身がいる「町」の人々が、私が「ここ」にいるのに慣れてしまっている現実から数センチ上をゆっくりと歩いていった。訳者の一人である豊崎氏(故人)は私が在籍した大学学科の教授で、別の先生(こちらも故人)による大学のゼミナールでこの小説を翻訳が出版される前に読んだことがあった…などと昔のことを憶ってみるが、あの頃は現実から2メートルぐらい上を歩いていた様に思う。でも、みんなはそんな私が「そこ」にいることに慣れてくれた。みんなも現実から1・5メートルくらい上を歩いていたからだ。
当時、自分が「ここ」まで来るとは思いもしなかった。では一体「ここ」とはどこなのだ。私は今、現実の数センチ下に居るのかもしれない。そんな気がする。
彼はすっかり暗くなるまで、灯台が規則正しく四秒ごとに合図を送り始めるまで釣りをしていた。
(上掲書・ラスト部分)
そして物語はこのように唐突に終わってしまうのだ