プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『百人一首の正体』 (角川ソフィア文庫) を読んだよ。

 

百人一首の正体 (角川ソフィア文庫)

百人一首の正体 (角川ソフィア文庫)

 

 

コロナ禍で物思いにふけることが多くなったせいか、最近、古代~中世までの短歌が気になっている。で、仕事の合間に百人一首や勅撰集をぱらぱら眺めることになるのだが、学生時代と違って勉強ではないので、気楽に鑑賞できて楽しい。また、人生経験のおかげか、現代語訳を参照しなくても歌の情趣を味わえるようになった(それが〝正しい〟かどうかは別の話)。

そんな中でAmazonでこの本をポチって読んでみた。とても面白かった。少々、際物的なタイトルだが、著者は真正の研究者で、内容は学術的なテキスト研究をベースにしたきわめてまっとうなものだ。それでいて百人一首がらみのマンガやアニメ、パロディ作品にまで目配りが行き届いている。

 

「正体」と謳っているのは、そもそも「小倉百人一首」という作品が、藤原定家が選出した通説から、歌のほんとうの作者、本文の異同まで、多くの疑問が呈されているからだ。私たちがかるたで接する「歌」は、作者も、その字句も正しいわけではない。作者言えば、冒頭の天智天皇柿本人麻呂(丸)、猿丸太夫からしてほぼ別人(詠み人知らず含む)の作品と考えられる。そして近代の競技かるたの普及に伴い、実は本文が変えられていたということもある。なので古典学習教材としての百人一首は「危険性」をともなっていると著者はいう。

 

それでいて最も早い時期に英訳された日本文学作品が「小倉百人一首」でもある。翻訳を手掛けたのは幕末に来日した英国人医師F・V・ディキンズで、まだ明治になる前、1865年に翻訳(各歌の丁寧な注釈付き)が出されている。それも変体仮名から英訳したというから驚きだ。ディキンズは小倉百人一首の翻訳完成後に弁護士資格を取って法律家としても活躍したそうなので、相当賢い人だったんだろう。

巻末には百首すべての現代語訳と注釈も付されている。手軽に、奥深い「小倉百人一首」の世界を探索できる好著だと思う。