プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

余丁町散人さんのこと。

Letter from Yochomachi


昨年の6月、一人のご隠居ブロガーが世を去った。新宿区余丁町に棲まわれていたその方のブログネームを「余丁町散人」と言う。熱心なMacユーザーで初期にはiBlog という珍しいアプリケーションでブログを構築されていた。

  同じ余丁町の住人であった永井荷風をこよなく愛するその方は、現役時代は商社マンとして主にスペイン語圏でのビジネスに従事され、世界中を旅しながらお仕事をされてきたらしい。奥様はその旅のどこかで知り合われたフランス人女性で、確か何年か前に日仏交流に功績があったということで母国から勲章をもらっていたはずだ。

  「余丁町散人」氏のブログ記事は、政治、経済、文学、ビジネス、グルメ、歴史、アウトドアとテーマは幅広かったが、特に政治・経済、ビジネス記事に関しては国際商社マン時代の見聞・経験が見え隠れし、リアリズムに即し、イデオロギーを排した論陣を張られていて若造の私はそのキレ味にすっかり憧れた。マスメディアのオピニオンは、右だの、左だのイデオロギーの毒されたものばかりだったから(今でも)、ようやく納得できる公論に巡り会えたといううれしさを感じた。

  その一方で好きな永井荷風やグルメやダイエット、マリンスポーツ、古代史、Apple社製品を楽しげに語る記事は、まるで少年のようなキラキラした瞳が思い浮かぶようで、読んでいて愉快な気持ちになれた。ちなみにグルメ記事といっても高価なグルメではなく、ファストフードなど安価メニューが中心であることも愉快だった。最近話題の低炭水化物ダイエットにも早い時期から取り組まれていたようだ。亡くなる数年前からは河口湖の別荘を根城にブラックバス・フィッシングも始められ、その好奇心の旺盛さと行動力には驚くばかりだった。

 2003年頃に僕がこのブログの前身となるブログを始めた時に、「余丁町散人」氏はすでに広く知られる存在だったので、ブロガーとしてのお手本の一つにした。ちなみに当時まだブログはそれほど一般的ではなく、ブロガーとは功成り名を遂げた知的職業に従事するおじさんと相場は決まっていたのだ。その洒脱で気取りのない、しかし透徹した人生観に裏打ちされたブログ記事は、そうした知的おじさん層から多くの支持を得ていたと思う。私のような若輩者にもコメント欄で気さくに対応していただき、年齢を感じさせないコミュニケーション術も心得られていた。

 反面、そのストレートな物言いから“敵”も少なくはなかった。たとえばご自身の商社マン時代に世界中の農業・食糧流通の実態を見聞されてきた知見をベースに、日本のぬるま湯につかった農政・農協批判の舌鋒が鋭かったのだが、しばしばブログ上で激しい論戦が展開され、関係者からの執拗な嫌がらせもあったようだ。しかしそうした攻撃にもひるまず、時には洒脱なユーモアを交えながらやりかえす様がお見事だった(でもご本人は相当心労があったと思う)。

Letter from Yochomachi: 農水問題〔一覧〕

 2011年の東日本大震災の頃からブログの更新が少なくなり、ツイッターでの単文投稿などに移行されていたのだが、それはご病気のためだったのかもしれないと今になって思う。数少ない更新では原子力発電の行く末を憂えていらっしゃる様子がうかがわれた。

  そして最後のブログ記事はたったこれだけ。


2014年6月4日水曜日

再開してみるか

あまりに長い間、何も書かなかった。理由は山ほど。ボツボツ説明して行く必要があると思う。

 結局、「説明」をされることはなかった。その2週間後に息子さんの手により、次のような投稿があった。

2014年6月19日木曜日
皆さま始めまして、余丁町散人の息子です。

こちらのブログには、初めて書き込みます。

突然で、非常に悲しいお知らせになるのですが、

余丁町散人は先日、この世を去りました。

6月15日のことです。

長い闘病の末、最愛の妻に看取られながらの穏やかな最期でした。

(以下略)

 読んだ瞬間、私の頭の中ではジム・モリスンが“This is the end. Beautiful friend”と歌っていた。続いてキングクリムゾンの「Red」のギターリフが津波のように脳内を浸食した。まいった。こんなことってあるの?

 日本が、世界がこの先どうなってゆくのか、我々は何を考え、どう行動するべきなのか、「余丁町散人」氏の言葉をまだ読みたかったし、この浮き世の移り変わりをもう少し見届けていただきたかった。

 さようなら「余丁町散人」こと、橋本尚幸さん。

 ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、お世話になりました。個人的に、一周忌を前に長らくやめていたブログを再開することにしました。散人さんほどの見識はまだまだ持ちあわせていませんが、気負いなくマイペースでぼちぼちとやっていきます。

 どうか安らかに。いつか、どこかでお会いしたいですね。