プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

「ニック・アダムスのように」を探して

1982年、このアルバムの発売直後に「ロッキン・オン」で松村雄策が賞賛の記事を書いた。それを読んで僕はまず貸しレコード屋に走って、借りたレコードをカセットに録音して何度も何度も聞いた。カセットがヘロヘロになったころ、レコードを買って何度も何度も聞いた。そのころにはニック・ロウの他のアルバムも聞いてすっかりファンになっていた。1988年の九段会館における来日公演はバンドでなくニック一人の弾き語りステージ。一緒に見た友人は松村雄策と同じくもうこの世にはいない。松村の記事のタイトルは「ニック・アダムスのように」だった。そうヘミングウェイの「ニック・アダムスもの」と呼ばれるいくつかの短編小説に出てくる自然の中を放浪する少年の名前である。この文章が収録された松村の著書『岩石生活入門』で確かめてみると、記事はこのニック少年の野外での食事とその流れで目玉焼きとウスターソースの話に流れ、レコードの話はなかなか出てこない。最後のほうになってようやくレコードの話になったかと思うと「かっこいい」「センスが違う」としか言わない。そして最後の一文「ニック・ロウは洗練されていて、軽やかである。まるで五月の風のように、森や、川や、町の中を吹いていく。ニック・アダムスのように、素直に正直に吹いて行くのである」。そう、僕はこの一文でこれは聞くべきレコードと確信したのだった。20歳の私はそのときすでに松村の文章の勘所を理解していたのだと思う。実際、その通りだったし、以後、40年間聞き続けている。あと40年は余裕で聞き続けられるだろう。生きてさえいれば。
Nick the Knife

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