興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話 (講談社学術文庫) 雑感
興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話 (講談社学術文庫)
アンドレア 英雄のいない国は不幸だ!
ガリレイ 違うぞ、英雄を必要とする国が不幸なんだ
(『ガリレイの生涯』ベルトルト・ブレヒト 岩淵達治訳)
10年ほど前に単行本で出版されていた「興亡の世界史」シリーズが、講談社学術文庫となり入手しやすくなっている。シリーズ中に読んでみたい本が何冊かあるが、先日、吉祥寺の待ち合わせで約束の時間より早く着いたので、駅ビルのBook Firstでもっとも気になっていたこの本を見つけて買った。著者森谷公俊氏の「アレクサンドロス」物は、ちくま新書「王妃オリュンピアス」(その後、『アレクサンドロスとオリュンピアス―大王の母、光輝と波乱の生涯』 (ちくま学芸文庫)として大幅に増補改訂)を読んでいる。おそらく現在、アレクサンドロスの時代に関してもっとも信頼できる日本人の書き手の一人だと思う。確か『ヒストリエ』の著者岩明均氏も森谷氏の著作から多くのヒントを得ているはずだ。
本書は一般向けにとても読みやすく書かれているのだけれど、決して歴史そのものを安易に端折ってはいない。書かれた時点での最新の研究成果と知見を可能な限り盛り込んで書かれている。全編にわたってまるでその時代を凸レンズで覗いているような不思議なリアリティがある。登場人物の息吹や声が響いてくるような場面もある。しかし、歴史小説ではないので、書かれていることはすべて事実の積み重なのだ。それなのにこんなに面白く読めてしまうのがすごい。また著者はあくまで科学者の目で研究対象を見つめているから、アレクサンドロスの偉業や凄さだけではなく、弱みや悪をも冷徹な手際で鋭くえぐりだす。だから「人間アレクサンドロス」が見えてくる。時代は紀元前300年代ということで、日本なんかまだ文明の「ぶ」の字も発生していない頃だ。その時代に「世界」を見ていたアレクサンドロスはやはり途轍もない人物であることは確かで、その途轍もなさが彼の巨大帝国を可能にし、その死によって帝国が四分五裂してしまう要因ともなった。そしてアレクサンドロスの物語の終章は、彼の死ではなく、その後に勃発するディアドコイ(後継者)戦争であり、その中で彼の麾下の武人たちが興亡し、縁を結んだ女たちがことごとく悲惨な死を遂げていく。
アレクサンドロスは東西を結んだ「世界」を征服によって発見し、ヘレニズム史の端緒を開いたが、彼の次に「世界」と自分の欲望を重ねた英雄の登場は、およそ1500年後のチンギス・カンを待たねばならない。始皇帝も、カエサルも、オクタビアヌスも、アレクサンドロスほどの誇大妄想狂....いやグローバリストにはついになれなかったのだ。
ちなみにこの文章の冒頭に掲げたエピグラフは、著者が「おわりに」で引用しているものだ。英雄を求める声が聞こえてくる時代には注意せねばならない。