プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

今月、亡父の旧著が復刊される。

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興亡――電力をめぐる政治と経済

 

今月、亡父の旧著が復刊される。先日、出版社の社長さんが刷り上がった本を直接届けてくれた。色校正で見ていたから驚きはなかったが、特色の鈍い「金」のタイポグラフィーと黒部ダムのモノクロ写真を使った素晴らしい装丁デザインで、お堅い経済書とは思えぬ見栄えであった。

最初に産能短大出版部から出版されたのは、まだ僕が高校生だった時で、父は新聞記者として、当時末期的状態であった公共企業体国鉄」の行く末を追っていた。その過程で、太平洋戦争直前の昭和14年に戦争遂行のために国家管理となり、敗戦後はGHQが推進した自由経済化の中で民営化=九電力体制となった電力産業の変転の歴史に目を付けた。同じく国家管理だった国鉄と重ね合わせ、対比してみようとの目論見を抱き、業界紙連載からスタートした著作だった。キーとなる人物は、戦前戦中に官僚と軍から煮え湯を飲まされ、戦後はGHQの威光を借りつつ民営化を断行した電力の鬼・松永安左エ門である。

80年代に入って土光臨調が3公社の民営化を進めると、この本は政府や経営者、学術関係者から民営化の参考書のように読まれ、出版社を白桃書房に替えて復刊された。その際に臨調メンバーの一人・加藤寛慶大教授が「私たち臨調関係者は大谷氏のこの本を貪り読み、そして論じ、自信を得て決定に踏み切ることができた。まさに名著である」と前書きの「推薦のことば」を寄せていただいている。

つまり今回が2度目の復刊で出版社は3社目ということになる。版元の吉田書店吉田社長から連絡があったのは3年前。東大・都立大名誉教授で政治学者の御厨貴先生からの復刊リクエストがあったという。御厨先生はご自身も昭和の電力史について書くつもりだったが、父のこの著作を読んで「すべて書かれてしまった」とあきらめたそうだ。

私もネット上でこの本の復刊を願っていたり、また授業に本書のコピーを使っているという大学の先生の発言を何度か目にしたことがある。駿台予備校の模試にもしばしば利用されており、都度、著作権使用料を請求してくださいという通知が届く。一度も請求したことはないが。


 御厨先生は今回の復刊に際して「大谷健さんと私 20年の清談を振り返って」という4000字ほどのエッセイを巻末に寄稿していただいた。その中で父は「あたかも吉本新喜劇に登場する爺様役者の雰囲気」と形容されている。むべなるかな。

ちなみに本書の主役となる松永安左エ門が戦時中に引きこもって茶道三昧の生活を過ごした「柳瀬山荘」は我が家から自転車で南東に10分ほどの埼玉県所沢市にあり、墓所はやはり北東に自転車で10分ちょっとの古刹・平林寺にある。そして本書の初版発行日は松永安左エ門の五十回忌にあたる。

現在私が松永や加藤寛先生ゆかりの慶應義塾の広報誌の仕事に関わっていることも、不思議な縁を感じる。お話をうかがうと吉田社長は、都立大で御厨先生門下だったという。師弟お二人には感謝の気持ちしかしかない。