S・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』新訳版を読んでみた。
先日立ち寄った本屋で新訳を見つけたので買ってみた。かなり以前、小島信夫訳で読んだ記憶があるのだが、「なんだかアメリカの小島信夫みたいな小説だな」という印象のかけらだけが残った。
アンダーソンはアメリカ20世紀文学の父とも言える存在で、フォークナー、ヘミングウェイ、スタインベックなどが彼の作品の影響下にあると言われる。ただ、長編小説は不得意だったようで、代表作は基本的に短編小説だ。
本作の舞台は作者が創造した架空の町オハイオ州ワインズバーグ。このうらぶれた町に住むgrotesqueな人々を主役にした連作短篇だ。grotesqueというのは序章にあたる部分で作者によってワインズバーグの人々の特徴として使われている言葉で、小島信夫はそのまま「グロテスク」と訳した。新訳では「いびつな」と訳されており、これは訳者がこの言葉に「滑稽」や「愛おしい」ニュアンスを加えたかったからだという。私はそれは正解だと思った(訳者の経歴を調べてみると私の出身大学の教授だった)。各作品ではセックスの問題が重要なモチーフとなっており、LGBTに関わるきわめてシリアスな作品もある。
収録された短編は一つ一つ独立した話であるが、各作品に地元紙の若い新聞記者ジョージ・ウィラードが共通して登場し、全体としてウィラード君の成長物語としても読むことが出来る趣向になっている。一つの町を舞台としたこうした短編連作は現代に至るまで多くの小説家が試しているが(たとえばジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』や山本周五郎『青べか物語』)、もっともよく知られている本作品のインスパイア作といえばレイ・ブラッドベリ『火星年代記』だろう。ブラッドベリは同作の序文には次のように記している。
「ああ」と、私は叫んだ。「こんなにすばらしくなくてもいい、これの半分だけすばらしい本でいいから、舞台をオハイオ州ではなくて火星に変えて、ぼくが書けたとしたら、どんなにすてきだろう!」(小笠原豊樹訳)
そして火星行きのロケットはほかでもないオハイオ州から打ち上げられることになったのだ。
新訳版「ワインズバーグ、オハイオ」はとても読みやい訳文で、「ジョージ・ウィラード成長物語」という基本線が以前よりくっきりと見える印象を受けた。訳文のおかげだけでなく、初読時はまだ20代だったから、そこからの年月が私にこの作品を見通すパースペクティブを与えてくれたのかもしれない。約100年前の作品だが、作中人物が意外なほど現代的な人物像に近接していることにも驚かされた。まあ、100年程度では人間の根本はそれほど揺らがないということだろう。
- 作者: レイブラッドベリ,Ray Bradbury,小笠原豊樹
- 出版社/メーカー: 早川書房
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