プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

高峰秀子著『いっぴきの虫』雑感 〜類い希なる人間観察眼と文才を有する著者による出色の人物批評

いっぴきの虫 (文春文庫)

いっぴきの虫 (文春文庫) 

有吉佐和子松下幸之助東山魁夷杉村春子木村伊兵衛藤山寛美川口松太郎梅原龍三郎……各界の第一人者との対談集。だが、普通の対談とは違う。著者はそれぞれの人物と絶妙な距離感を取りながらも、その懐に飛び込んで通常のインタビュアーではかなわぬ相手の言葉と反応を引き出していく。さりげない会話の中に研ぎ澄まされた刃のような人間観察眼が鈍い光彩を放っている。

結果、単なる対談集を超えた出色の人物批評書となっており、一流の人々の凄みと弱さが見事なまでに文章化されることになった。対話部分と著者による地の文のバランスも人によって異なっていて、そこに巧まざる作意と透徹した批評眼のようなものを感じることが出来る。

ただ本書で最も心を打たれるのは、最初の方に登場する中国の演劇人・趙丹との真心と温情を感じさせる交流だろう。本書あとがきでその中国の友人の死の報せに慟哭する高峰さんの姿が養女の筆によって記されている。ここはほんとうにたまらない。思わずもらい泣きだ。近年、外交問題や爆買い騒動などによって中国人の一般的な印象はあまり良くない。根拠なく日本人を上に見る風潮があるような気がするが、多くの日本人は本書の「趙丹」およびやはり中国人の真心について語る「杉村春子」の章を読んで、ほんものの中国人のこころのあり方についてあらためて考えた方が良いだろう。

また、映画「二十四の瞳」の元子役たちとの交流もひじょうに心温まるものがある。本書でもっとも素の高峰さんを感じるのはオトナになった彼らとの対談においてである。