プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『ラバー・ソウル』の謎

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 「ビートルズの最高傑作は?」と訊かれても答えようがないが、「ビートルズで一番好きな作品は?」と訊かれたら、おそらく『ラバー・ソウル』と即答する。ロックンロールが初めて「内省」という視点を獲得した名盤だ。いわゆるリアルタイムで聴いていたビートルズ世代の人々が、もっとも変化に戸惑ったのがこのアルバムだそうだ。『リボルバー』でも『サージェント・ペパーズ』でもなく『ラバー・ソウル』。そう思ってデビュー作から順番に聴いてみると、確かに『ラバー・ソウル』は“違う”のだ。 1曲目の「ドライブ・マイ・カー」のギターとベースラインからして相当違う。2曲目はこれまでにない暗喩的な歌詞とシタールがビョンビョン鳴って、さらに違う…3曲目はビートルズ史上初めての3分以上の曲で斬新なハイハットワークが印象的、4曲目はこれまで以上にコーラスが複雑に重ねられた自己告白、5曲目でポールがベースにファズをかけ、A面ラストではフランス語で歌っている…… このように1曲1曲のテイストもバンドとしての進化を如実に表しているが、アルバム全体に漂う霧が立ちこめたような倦怠感あふれるムードがなんともいえずいいのだ。そして最終曲「浮気娘(Run For Your Life)」。ジョンのやさぐれたヴォーカルと荒いコードストロークが、すっかり深く立ちこめた『ラバー・ソウル』の霧をかき分けるかのように鳴り響き、ハッと覚醒。最後は余韻を残しつつフェードアウトでアルバムは終わり、聞き手は『ラバー・ソウル』的世界の果てに放り出されて呆然とすることになる。リアルタイムビートルズ世代の人々の困惑はそういうところじゃないだろうか?

 この『ラバー・ソウル』はビートルズにとって転換点であるが、前後の他の作品に存在しない『ラバー・ソウル』だけのサウンドを持つアルバムでもある。『リボルバー』と『サージェント・ペパーズ』はサウンド的につながっているし、『ハード・デイズ・ナイト』と『ビートルズ・フォー・セール』は表裏ともいえる兄弟アルバムだ。しかし『ヘルプ』や『リボルバー』と『ラバー・ソウル』の間には明らかに一線が引かれている。と同時に、以降、いわゆるビートルズっぽい曲は全てこの「ラバー・ソウル」に起点を求めることができるだろう。ここらへん非常に感覚的な話しなので、文字にすると何か釈然としないものが残る。読まれている方はなおさらだろう。とにかくファーストから順番にアルバムを聴いてビートルズ世代の「ラバー・ソウル」ショックを追体験してみるしかない。 

ラバー・ソウル」ショック、といえばブライアン・ウィルソンがこのアルバムに触発されて『ペット・サウンズ』制作に取りかかったというエピソードがよく知られているが、ブライアンの聴いた『ラバー・ソウル』は米国キャピトル盤であり、英国人や日本人が聴いた『ラバー・ソウル』とは異なる。キャピトル盤ではなんと「ドライヴ・マイ・カー」、「ひとりぼっちのあいつ」といったアルバムを象徴する曲のほか、ジョージとリンゴが歌う「恋をするなら」と「消えた恋」が削除され、前作「ヘルプ」収録の「夢の人」と「イッツ・オンリー・ラヴ」が追加されている。その結果、前述した「霧が立ちこめたような倦怠感あふれるムード」はかなり薄くなっており、『ヘルプ』や『ビートルズ・フォー・セール』に近いバーズ的フォークロック路線のアルバムになってしまっている。

 

 ブライアンはその後、正規盤の『ラバー・ソウル』を聴いたのだろうか? もし聴いていたらどんな感想を抱いたのだろう? 僕にとって『ラバーソウル』は、つねに謎と疑問に包まれた魅惑的なアルバムなのである。


ラバー・ソウル  オリジナル『ラバー・ソウル

Rubber Soul (the U.S. Album)米国キャピトル編集「ラバー・ソウル