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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』雑感

 

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8/1公開!映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』公式サイト

 

 先週、ブライアン・ウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』を見た。予想通りの、いや予想以上に素晴らしい作品であった。しかしこの映画が純粋に一人の男を主人公とした映画作品として優れているかといえば、なかなか事は簡単ではない。

 僕がビーチボーイズを「再発見」したのは1980年代初頭だ。貸しレコード店が盛んだった頃で、何気なく借りたビーチボーイズの二枚組ベスト盤を聴いて仰天した。もちろんそれまでも代表的なヒット曲などは聴いていたのだが、まとめて聴いたことにより、このバンドの音楽的スケールの大きさに気づくことができた。メロトロンより夢幻的なビーチボーイズのコーラス。たとえは悪いがまるで放射能に被爆したような体験だった。しばらくは家では録音したカセットを流しっぱなしにしていたほどだ。クリムゾンやらドアーズやらの意味ありげな音楽に没頭していた私にとって、このバンドの無思想故の豊穣さみたいなものに足下をすくわれたような気分だった。

 

 閑話休題。映画のターゲットは、間違いなく「ビーチボーイズブライアン・ウィルソンのファン」であり、熱烈なファン心をくすぐる各シークエンスが時空を超えながら連結されて、この映画はできあがっている。歌舞伎がある程度の歴史的知識や古典の素養を共有した人々の間で楽しまれている伝統芸能であるように、この映画も60年代ポピュラー音楽の歴史に燦然と輝くビーチボーイズブライアン・ウィルソンに関するある程度の蘊蓄を前提としてできあがっているといえるだろう。

 

 たとえば「Pet Sounds」のレコーディング風景は、ファンなら誰もがふるえるほど感動する場面である。名手ハル・ブレインがブライアンに「君はフィル・スペクターを超えた」と言う。ベースギターを抱えたキャロル・ケイが「このコード違うんじゃない?」とブライアンに訊く。伝説のシーンがまさに目の前に展開されるのだ。でも、こんなシーンに喜ぶのはマニアだけだろう。「Good Vibrations」のヴァイオリンパートの執拗なやり直しにぶち切れるマイク・ラブとか。最高!

 

 しかしそれでもこの映画が人間ドラマとして十分機能していると思わせるのは、ブライアンと結婚することになるメリンダの存在感が大きい。いかにもアメリカ〜ンで、カリフォリニア〜ンな風貌とノリのカーディーラー女性店員として映画に登場してくる彼女が、ブライアンという人間に徐々に惹かれていき、その毒気に当てられながら、かえって逞しくなっていく過程は、この映画の重要なバックボーンであろう。映画の進行とともに強く、美しい女になっていく彼女を主人公としてこの映画を読み返すこともできそうだ。
 僕がそう考えるのは、ビーチボーイズ時代と「現在」のブライアンを別の俳優が演じ分けているからでもある。そのことによって「ビーチボーイズ」のブライアンではなく、「現在」のブライアンに惚れているメリンダの立ち位置がいっそうはっきりと際だっているような気がする。

 映画のエンディングは、なんと実物のブライアンが登場する。メリンダたちの助力もあって、ミュージシャンとして復活した本物のブライアンが「Love & Mercy」を歌うのだ。そこにはメリンダがいるが、弟デニスとカールの姿はない。あろうことか兄を案じ続けた二人は先んじてこの世を去ってしまった。ビーチボーイズの音楽はもはやレコード盤(もしくはCD、MP3 etc….)の中にしかないが、ブライアンの音楽は今も続いている。

…….もう、泣くしかないではないか。

 

Pet Sounds

Pet Sounds