プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

承久の乱-真の「武者の世」を告げる大乱 (中公新書)雑感。

 

承久の乱-真の「武者の世」を告げる大乱 (中公新書)

承久の乱-真の「武者の世」を告げる大乱 (中公新書)

 

先日の新天皇即位で古代天皇制の終焉としての承久の乱に思い至り、先週から本書を読み始めたのだが、読書に集中できる時間がなかなか取れず昨夜ようやく読み終わった。乱の背景となる院政と武士の勃興から語り起こし、後鳥羽院源実朝の人となりと政権から乱の経緯、さらにその余波までを、根拠となる資料を示しながら一般にもわかりやすく解説している良書だった。

僕の歴史知識の古さも思い知った。いちばん目を開かされたのは源実朝の実像である。これまでは文弱のお飾り将軍と思い込んでいたのだが、18歳から将軍親政をスタートさせ、当初は重臣たちに侮られながらも、和田義盛の乱などでリーダーシップを発揮し、北条義時の横暴な要求をきっぱりと拒否するなど「将軍として十分な権威・権力を保ち、幕政に積極的に関与していた」(本書・はじめに)。

実朝の横死後に勃発した承久の乱は、北条政子の演説により関東武士たちが一つにまとまったわけだが、その過程ではどちらが有利か洞ヶ峠を決め込んでいた有力武将もいた。近代以降語られる妙に道徳的な武士道とは異なる、生き残るためのリアルな(ビジネスやスポーツの駆け引きにも似た)武士道がここに息づいている。

一方の後鳥羽院はオールマイティな才能を誇る名君で、武士の棟梁でありながら宮廷文化にも造詣が深い実朝に信頼を寄せ、幕府と朝廷はきわめて親密な関係にあった。それが実朝の死によって一気に暗転する。だれが愚かだったわけでも、悪いわけでもない。歴史の歯車がカチリと音を立てて進んだまで...と言うしかないだろう。

そうはいっても、文化的レベルが極めて高い後鳥羽院と将軍実朝の二人の王権=協調政治が数十年続いていたとしたらとしたら....という歴史の「if」の誘惑から逃れられそうにない。

それにしても近年の一般向けに書かれた新書の中世史本の充実ぶりはほんとうにうれしい。大河ドラマも露骨なオリンピック広報なんかやらずに、この時代の面白いドラマを作ってほしいな。