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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

熊本のOさんと関サバ

 

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熊本のOさんは年上の友人だ。

 いや、もともとはお客さん(当時、広報室長)であって、しかも20近く年齢が離れているから、気安く友人なんていっては失礼だ。

それにもう10年近く連絡をとっていない。

しかし、ずっとOさんには友人と呼びたくなる親しみを感じていた。

熊本でOさんの仕事をする時は、ほぼ1週間泊まりがけで、取材撮影1日4〜5本というけっこうハードなスケジュールだったのだが、いつも「遊び心」を忘れないOさんのおかげで自分にとっても印象深い仕事ができた。

 

一見、パンチパーマでいかつい風貌のOさんだが、つねに少年のような笑顔をたやさず、意外にもまったくの下戸だった。

そのくせ熊本の夜の町にはめっぽう詳しく、キレイなおねえちゃんのいるお店に何度も連れてってもらった。

ウーロン茶であれだけ酔い続けられる人を私はほかに知らない。

遊びと言えば、釣り好きのOさんは僕が釣りバカと聞いてから、仕事のスケジュール表に釣りの予定も組み込むようになった。

Excelスケジュールの夕方の取材後には「メバル(島原)」と夜釣りの予定が、また熊本最終日の朝には「関サバ(大分)」と書き込まれる。

関サバ釣りは前日夜移動で早朝から船に乗り、海流が早い豊予海峡に竿を下ろす。

関サバ大漁の後は漁港から家にクール宅急便で数匹送り、残りを近くのお店に持ち込んで採れたての昼食を堪能。食べ終わったら速攻で熊本に戻り、午后の取材現場に向かった。取材が終わるとすぐ空港に向かい、クロネコヤマトに託した関サバと競争しながら帰宅した。身体はキツかったがとても楽しかった。

でも、一番楽しそうなのはいつもOさんだったような気がする。

 

一昨日からの熊本地震の報道を見るたびに、Oさんの笑顔が頭に浮かんだ。

ご無事だろうか? 当時Oさんのお住まいがあったのは、熊本市益城町寄りだったはず……。

電話帳にOさんの携帯番号があったので、山積する仕事に集中するためにも、今日のお昼におそるおそるショートメールを入れてみた。

「お忘れかもしれませんが、昔たいへんお世話になった大谷です。ご無事でしょうか?」

すると5分もたたないうちにスマホが鳴った。Oさんの名前がモニターに表示される。

良かった! Oさんの声はまったく変わっていない。ニコニコ顔が頭に浮かび、涙が出そうだ。

「一緒に仕事した同志を忘れるわけないじゃないの!」とのうれしいお言葉。

72歳。すでにリタイアされて趣味のゴルフと釣り三昧の生活をされているとのこと。

現在は宇土市にあるご実家に住まわれていること。

その実家は築150年あまりの日本家屋であること(そういえばOさんは由緒ある細川家家臣の出自なのだった)。
2度の大きな揺れには耐えたが、M7.3の本震で瓦が全て落下したこと。
しかし家そのものは大丈夫で、ご家族共々おケガもないこと。

家から300mほどのところにある宇土市役所がいまにも崩れそうなこと。

いろいろ話した。僕の近況もかいつまんで報告した。

「会いたいね。熊本来たら、ぜひ連絡してよ。」

今すぐにでも熊本へ飛んでいきたい気分だ。どなたか熊本取材のお仕事くれませんか?
今ならお安くしときます!