プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『秀吉の経済感覚: 経済を武器とした天下人』脇田 修著 (中公新書 1015)

小学生の時に名古屋で暮らしたこともあって、特に織豊時代の歴史については子どもの頃からずっとフォローしてきた。歴史家による信長像や秀吉像も昭和と現代ではかなり変わってきた。
明智光秀もそうだが、木下藤吉郎秀吉はまずその出自がほぼわからない。どうやら農民ではなさそうだし、武士の家系でもなさそうで、近年は草の者、隠密のような存在だったのではないかとも言われている。同じ信長配下の滝川一益は出自が甲賀者という説が有力だ。
天下人として秀吉の特色は、やはり本書のテーマでもある商都・大坂を創りあげた経済エキスパートとしての一面で、これは永楽銭を旗印にし、楽市楽座を積極的に推進した主君・織田信長譲りのものかもしれない。
大名統制、検地、南蛮貿易はもちろん晩年の朝鮮出兵もおそらくは経済的な理由が大きかったのだろう。本書の最後の章には「秀吉に欠けていたのは国際的視野」で、「彼ほどの男でも島国の弱さをまぬがれなかった」とある。
本書はそうした秀吉の経済人としての「功罪」両面を一般向けにわかりやすく解説し、幕末~明治の近代化や現代経済に及ぶその影響について読者に問いかけ、解き明かす。
この本は先日、亡父の蔵書から見つけた。1991年3月刊。35年前、私が結婚する1か月前だ。父は今の私より若かった。本をめくると何カ所もページの端が折ってあり、それらのページには蛍光ペンで文章の一部に線が引かれている。
新聞記事か、自著の参考文献にしたのか、あるいは当時は新聞の書評委員をやっていたので、本書を紹介するために読み込んでいたのかもしれない。著者も父もほぼ同い年で大阪の商家の生まれなので、面識があった可能性もある。