プログレッシブな日々

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『ミッドナイト・アサシン アメリカ犯罪史上初の未解決連続殺人事件』 (スキップ・ホランズワース)雑感

 

ミッドナイト・アサシン アメリカ犯罪史上初の未解決連続殺人事件

ミッドナイト・アサシン アメリカ犯罪史上初の未解決連続殺人事件

 

本書は「ミッドナイト・アサシン」と呼ばれる100年以上前に米国で起こった未解決の連続殺人犯を追うドキュメンタリーである。
僕は知らない街を歩いていて、モニュメントや石碑があるとつい立ち止まってその由来書を読んでしまう。土地の有力者による自己顕示などたわいのないものも多いが、その街で起こった意外な出来事や思わぬ街の来歴について知識を得ることが出来、その場で深い感慨に耽ることも少なくない。本書を読みながら、それと同じような感慨を覚えた。

米国テキサス州の州都オースティンの「モニュメント」の一つに、街の各所に建っている古い鉄塔がある。19世紀末に建設され、当時は鉄塔のてっぺんに取り付けられたアーク灯で街の隅々まで照らされたという。その建設理由というのが、1884年12月から始まる連続殺人事件が市民に与えた恐怖を取り除くためだというのだ。しかしそのことはどこにも書かれていないし、市や州の歴史を調べても明文化されていない。なんとなく口づてに100年以上の時を超えて伝えられてきた噂にすぎない。

現在ではハイテク産業と音楽文化の興隆などで、全米屈指の経済発展力を有するオースティンだが、19世紀末の時点では、南北戦争の傷から立ち直らんとする人口数万人程度の片田舎に過ぎなかった。そこに意欲的な市長や州知事が登場し、テキサス大学(1883年開学)や全米随一と目された巨大な州議会議事堂などを建設して街の近代化に邁進……していたところに起きたのが「ミッドナイト・アサシン(深夜の暗殺者)」事件だった。町づくりへのモチベーションに冷や水を差したこの事件は、1884年の年末に起きた黒人奴隷女の殺害に始まり、翌年のクリスマスイブの2名の白人既婚女性の殺害に至る7件(8人殺害)の「連続殺人事件」だった。当初別々の事件と思えたものが残虐な手口や被害状況等から次第に同一犯の疑いが濃厚になっていく。何人もの容疑者が逮捕されたが、結局いずれも犯人とは決められなかった。
 
作者はテキサス州オースティン在住のベテラン作家・ジャーナリストで、当時の新聞や裁判記録などをくまなく漁り、膨大な史料をじっくり読み込み、その成果を駆使して、7つの事件の経緯と当時のオースティンをまるで見て来たようにいきいきと再現する。その手腕は確かなものだ。きめ細かく描かれた街の情景や時代の空気感が、数々の一筋縄では行かない登場人物をリアルに見せてくれる。惨劇に関係なくとても興味深い街であり、そこで生活しているのは、それぞれにユニークさを持つとても人間くさい人々だ。ちなみに登場人物の一人には、後の有名短編小説家O・ヘンリーもいる。またここでは詳述しないがスティーブンソンの「ジキルとハイド」も微妙に事件と絡んでくる……この感じ、なにか覚えがあるなと思ったのだが、あのTVドラマ「ツイン・ピークス」を彷彿とさせるのだ。あのドラマも殺人事件と土地が密接に結びついたプロットだった。また『呪われた町」など、スティーブン・キングの初期作品も同じムードを持っていたと思う。

オースティンの事件から数年経ち、英国ロンドン下町で売春婦の連続殺人事件が起きる。有名な「切り裂きジャック」事件だ。英米の新聞だけでなく、ロンドン警視庁さえ、「切り裂きジャック」の正体が、大西洋を渡ってきたオースティンの「ミッドナイト・アサシン」ではないかと疑った。
ロンドンの「切り裂きジャック」は伝説のサイコキラーとして現代まで伝えられてきたが、その〝先達〟であるオースティンの「ミッドナイト・アサシン」に関しては、現在では土地の人々でさえ噂することは少ないという。オースティン在住の作者も1988年までまったく知らなかったらしく、前述の鉄塔がこの事件に由来することを教えられ、仰天している。片田舎からの脱却、経済的・文化的発展をめざしていた当時のオースティンの街の人々は、むしろこの忌まわしい事件自体を無かったことにしたかったのだろう。そのもくろみは成功した。作者はその隠された事件のベールを、当時のオースティンを文章上で再現しながら、あらゆる角度から一枚ずつめくっていく。そこに見えてきたものは何か…。

本書は陰惨な連続殺人事件のドキュメントとしてだけではなく、事件のフィルターを通してオースティンという街が近代化をめざした端緒を語る歴史書としても読めるだろう。読後の深い感懐は、先に挙げたフィクション作品と共に、ギボンやミシュレなど欧州の歴史書のそれとも似ているように思えた。作者のオースティンの街に対する深い思い入れと史実探究への執念が、確実にこの作品の完成度を支えている。将来、私がオースティンに行くことがあれば、ぜひ本書を片手に「鉄塔」の下に佇んで、真夜中を駆け抜けた殺人者についての感慨に耽りたいと思う。