プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

【書評】『日本神話の源流』 吉田敦彦〜「吹き溜まりの文化」としての日本文化。神話からたどるその特異性と〝グローバル〟性。

日本神話の源流 (講談社学術文庫)



渓流釣りをしていると、川の流れは一様ではないことがよくわかる。
エサや毛鉤を魚の目の前に送り届けるためには、なにより流れを読む目が必要だからだ。
岩やカーブで押し曲げられ、ねじ曲げられた流れはいくつにも分かれ、渦を巻いたり、時には逆流することさえある。
降雨による水流の増減は、同じ川の同じ場所の流れの表情をがらっと変えてしまう。
中規模、小規模のいくつもの流れを包含しつつ、刻々と変化しながら大きな川の流れができあがっている。
そんな複雑な流れのあちらこちらに、吹き溜まりになっている箇所があり、
そうした場所には、渓流魚のエサとなる水生昆虫などが集まりやすくなる。
釣り人にとってはおいしいポイントである。

 本書の冒頭で著者は、日本文化が「吹き溜まりの文化」であると指摘している。

〝太平洋の海洋文化圏、中国・朝鮮半島の遊牧・農耕文化圏、北方狩猟文化圏と接する日本列島。先史時代より、いくつもの波のように日本に到来した人々がいた。我々のルーツはどこなのか。日本神話は、東南アジア地域ばかりか、印欧語族の古神話と、同一の構造を備えていることも明らかになった。日本神話の起源・系統、その全体構造や宗教的意味を、比較神話学で徹底的に解読する。(講談社学術文庫 解説)〟
最近の浅薄な「日本(文化)すごい」の風潮とはまったく異なる日本文化の特異性と〝グローバル〟性に考えが及ぶダイナミックな議論はスリリングだ。

日本神話はオリジナルではないが、吹き溜まった世界の文化を消化し、自分達のツールとして生まれ変わらせるというのは、現代のテクノロジーにも通底する。
著者が提唱する日本神話の印欧神話影響説はかなり批判もがあるのだが、
ギリシャ神話・スキタイ神話などの印欧系神話とのアナロジカルな関係性は無視できないだろう。

大学時代に私は著者のレヴィ・ストロースの講義を受けたが、とても情熱的な授業であった。
大教室の授業なのだが、その大声にしばしば拡声器が音割れしていたことを思い出す。
本書を読みながら、しばしば頭の中ではその割れた声が反響していた。