プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

昭和の人

私はヤマメの五寸、六寸以上のものを釣り上げると、必ず胸の動悸を覚るのだ。これはどういうわけのものだろう。ごとんごとんと胸が鳴る。胸の高鳴りである。大きなやつを釣りあげて魚籃に入れ、次の餌を差そうとしても興奮のため手を震えて餌が差せないのだ。それで手首を岩に依託して餌を差している。
井伏鱒二『釣師・釣場』より “水郷通いの釣師” )

 

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井伏鱒二は退屈な作家だと思っていた。太宰治はなぜこんな人に師事したのだろうと長年、疑問であった。猪瀬直樹ピカレスク 太宰治伝』では「井伏さんは悪人です」という太宰の言葉を糸口に、井伏の小心翼々とした剽窃作家稼業の営為を掘り起こしているが、こういう人を頼りにするしかなかった天才太宰の不幸に涙が出た。上記『釣師・釣場』は、釣り人にとっては面白い随筆集であるが、引用部分に見られる表現の直裁さは、ある意味、素人のものである。まったく唐突に言うが、この凡人が内包する虚無は、昭和天皇の人生につながるものがあるような気がする。