プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『花の命はノー・フューチャー ─DELUXE EDITION 』(ちくま文庫)を読んだよ。

 

花の命はノー・フューチャー: DELUXE EDITION (ちくま文庫)

花の命はノー・フューチャー: DELUXE EDITION (ちくま文庫)

昨夜〜今日のお昼までは風邪?で寝たきりに近かったので長らく積ん読しておいた本書を読んでいた。たまには風邪をひくのもいいものだ。
英国ブライトンの貧民街に住む鬼才コラムニストの著者のデビュー作で、単行本は発売直後に版元が倒産するという不幸に見舞われた。

僕と同世代かちょっと上のロック好きは80年代に「このクソったれの日本を逃れてロンドンで夢を掴もう」みたいな発想をする人がけっこういて、何を隠そう僕も20代後半にちょっとそんなことを考えていた。結局、安定志向の女性と結婚してしまったのでその目論見は頓挫したが、とりあえず新婚旅行はロンドンに行った。

セックス・ピストルズに傾倒した福岡の女子校生だった著者は、すべてを振り切って単身渡英した。旅立ちの空港でろくでなしの父親に渡された手紙に書かれていた「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」という林芙美子が好んだ短詩が本書の題名の由来だ。

 

第2章 ジョン・ライドン編までが単行本収録分で、その後の第3〜4章のおよそ200ページ分が文庫での追加収録。だからDELUXE EDITIONというわけ。本編より追加収録の方が多いのはCDでも良くあるよね。

 中身は著者が身近なワーキングクラスのリアルな生活と人物が活写された短いエッセイ集で、クールでな視線でネガティブな現実が実に清々しく、渇いたユーモアや哀感とともに語られている。

単行本収録分の2章までの文章は荒削りだが妙な色気があり、3章以降(著者のブログ記事も含まれている)は個性的だが練れた文章で実に読ませる。ほとんどが個人的な生活感や音楽の話題だが、一編だけブレア政権でアイルランド和平に力を尽くし「ベルファスト合意」に持ち込んだ立役者である元北アイルランド担当相Mo Mowlam女史の人生を綴った一文がある。彼女の人生は英国でテレビドラマになり、高視聴率を誇ったというが、著者の一文も実に魅力的な人生を描いている。この一文を読むために本書を購ってもいいくらいだ。

著者は本書出版後、子供を産み、保育士の資格を取り、現在もブライトンの貧困家庭の子供の面倒を見る保育士として働いている。そこらへんは旧著『アナキズム・イン・ザ・UK――壊れた英国とパンク保育士奮闘記』に書かれているらしい。
近年は『子どもたちの階級闘争』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』などで日本の出版賞を多く受賞しており、2017年に書き下ろした『いまモリッシーを聴くということ』は僕の個人的必読リストに入っている。日本のメディアで政治・経済面でのオピニオンも数多く発しており、多くの文化人から支持もされて文筆家としての名声を確立した感もある。

 

しかし名声を得た現在も、ブレイディみかこさんは保育士として貧しい子どもたちと社会の矛盾に向き合い、一方でブライトンの貧民街に癌サバイバーでトラック運転手のアイルランド系配偶者と息子さんとともに暮らし、夜中にパンクロックを大声で歌ってしっかり者の中学生の息子さんにたしなめられる……という変わらぬパンクな人生を過ごしているらしい。GOD SAVE THE みかこ!