プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

NHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」を見たよ。

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NHKスペシャル | “樹木希林”を生きる

 

 さる9月26日に放送されたこの番組を予約録画して、見るタイミングを考えていた。

それなりに心の状態を整えてから見たほうがいいような気がしたからだ。

  でも、結局、先週の仕事の締切に追われる慌ただしさの合間を縫って見た。

 圧倒された。何がすごいのか? 番組の作り手か? それとも樹木希林その人か? そのどちらでもあり、どちらでもない。人が生きることの不可思議というか、困難さというか、とにかくすごいモノが映っていた。

 地方局で樹木希林と一緒にドラマを制作したNHKのディレクターが、東京の本局に転勤となり、全身ガンに冒されながらも旺盛に仕事こなす彼女に再会して密着取材を敢行するというのがそもそもの番組の発端だ。映画4本を立て続けに撮影するというハードスケジュールの樹木さんを、ディレクターは撮影現場にハンディカメラを持ち込んで一人で取材・撮影を行う。「一人で」というのが樹木さんが取材を許可する条件だったのだ。


 ドキュメンタリーの撮影は順調に進んでいるかに見える。樹木希林は撮影現場でも樹木希林らしさを放ち、共演者や制作スタッフを鼓舞する。やかましいババアのように見えるが彼女が言わんとすることは「アンタ、ホントにそれが自分でやりたいことなの?」ということなのだ。


 その言葉の刃は映画監督にも向かう。カンヌでパルムドールを獲得した『万引き家族』の撮影現場。脚本を読んだ樹木さんは是枝監督に「赤の他人を自分の家で棲まわせるなんて、不自然きわまりない」と映画の根本的な設定に異議を唱える。しかしさすが樹木さんと何本も映画を撮っている是枝さん、こんなちゃぶ台返しを落ち着いて受け止め「話し合いましょう」と時間を取る。結局、是枝監督は新たな設定を盛り込むことで樹木さんの疑念を晴らすることに成功する。『万引き家族』を見た人なら、あそこの設定は樹木さんが異議を唱えなければなかったのか!?と驚くことになるだろう。

 そしてこの『万引き家族』のエピソードは、このドキュメンタリーそのものへの刃となってNHKのディレクターに襲いかかることになる。樹木さんはディレクターに対して、「あんた、ず〜っと長いこと密着取材してきたけど、ほんとうに自分が撮りたいものが撮れてるの?私はそうは思えないけど」と言い放つ。自分も病気で辛いのをこらえながらあなたに付き合っているのに、あなた自分がやりたいことがぜんぜん出来ていないなんて、どうするのこれ?

 移動中のクルマ(運転しているのは樹木さん)の中で、本番撮影後の楽屋で、この詰問は続く。最初は軽く流したり、ごまかしていたディレクターは、樹木さんのストレートに繰り出される鋭い言葉にしどろもどろになり、最後に涙を流す。家庭や仕事がうまく言っていないことを吐露しながら、嗚咽をもらす姿を自分が持ったカメラが楽屋の鏡越しに映す。こんなすごいシーンを公共放送で流していいのか? 


 このシーンを転機として、淡々と樹木さんを追っていたこのドキュメンタリーのムードは一変することになる。映画の撮影が終わりしばらく疎遠になっていた二人だったが、樹木さんからディレクターに連絡が入った。慌てて駆け付けると「余命宣告が出た」と樹木さんは言う。あなた私の余命宣告という絶好の素材を使って、このドキュメンタリーの決着をちゃんと付けなさいよ!

で、どうなったか? 泣き虫のディレクターは見事にやり遂げたと思う。ただ、死を目前にした樹木さんの最後の一踏ん張りがなければ、彼は頓挫しただろう。樹木さんは最後に素晴らしい舞台を用意した。うるさくて、きびしくて、つっけんどんだけど、こんなに優しい人は滅多にいない。私はそこで泣きました。

明日10月20日(土)午後4時00分~5時13分に再放送があるそうなので、見逃した方はぜひ見ていただきたい。