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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

アマチュアについて。

えんとつ町のプペル

 

テレビ芸人で絵本作家もやっているという人が、ベストセラーになった自分の作品を電子版で無料にしたということで話題になっていた。

キングコング 西野 公式ブログ - お金の奴隷解放宣言。 - Powered by LINE

要は2000円もする自分の絵本を子どもが気軽に買うことができないことを残念に思い、作品のWEB版を無料公開したということらしい。それは別にかまわないし、一つのやり方であると思うが、その芸人氏がブログで

「なんで、人間が幸せになる為に発明した『お金』に、支配され、格差が生まれてんの?」

などと勢い込んで語っているのを見て鼻白む思いがした。そういえばこの芸人氏は、いろんな社会問題に直言することが一つの芸風になっているようなので、今回の一件もその流れのかもしれない。

しかし、個人的には見過ごし難い一件ではある。芸人誌の言葉の中に著作物に対する正当な報酬を否定するようなニュアンスが含まれている(支配、格差など)からであり、まあ、冷静に考えれば無茶な理路なのだけれど。また「色を綺麗に出す為に特殊なインクを使っていて、使用するインクの数も一般的な作品より多」いという印刷物の商品とWEB公開される電子データは、基本的に別物である。作者が本作りにとことんこだわったのであるならば、後者は劣化コピーに過ぎないだろう。

明日就任する米国のトランプ大統領への非難もそうなのだが、「お金を稼ぐ」ことへの陰湿な嫌悪感みたいなものはどうにかならないものだろうか? トランプはとんでもない大統領になるだろうが、それは彼が経済(お金儲け、損得勘定)ばかり重視するからではない。むしろそれは彼の美点であり、もっとも不安視されるのは確実に見識に欠けると考えられている安全保障や外交面である。

閑話休題

飯を食って行くために人はプロになる。異論はあろうが、ま、大多数がそうである。私もそうだった。なので、今回の芸人氏の無料宣言は、絵本作家という肩書においてアマチュア宣言をしたということなんだろうと思う。本人の考えはともかく。

もちろんプロだから偉い!ということでもない。自らを省みれば、プロになりたいと切実に心からわき上がるものを持ったことなどなかった。たま~に、さすがプロ、と言われることもあるが、それほど私が喜ばないのはそのためである。仕事でも、芸事でも、プロの人はやはりすごいと私も思う。でも、そこには滲み出す退屈さみたいなものがきっと同居しているのだ。それに耐えられる者のみが真のプロとなる。

 

ハンブルグで修行したビートルズはプロの極みみたいなバンドだったが、その中でジョージ・ハリスンというギタリストはビートルズ時代から亡くなるまで、ずっと素人っぽいギタリストであった。そして、まさにその素人っぽさが彼の最大の魅力だった。

ジョージ・ハリスン、生誕74年祝い 全ソロアルバムLP化/海外スターバックナンバー/芸能/デイリースポーツ online

私はジョージの生き方にとても共鳴する。12弦ギターやら、シタールやら、ウクレレやら、リードギタリストとして固まることなく、拡散しながら生きる。それが人生の復路をよたよたと歩んでいる今の願いだ。


….そんなことを考えながら徒然なるままに書いていたから、まったく焦点が定まらぬ拡散した文章になってしまった。申し訳ない。しょうがないので、最後にカミュ先生にきっちりと締めていただこう。よろしくお願いします。

 

体験という言葉の空しさ。体験とは実験ではない。それは人為的にひき起こすこともできぬ。ひとはただ、それに服するのみだ。それは体験というより、むしろ忍耐だ。ぼくらは我慢する──というよりむしろ耐え忍ぶのだ。

あらゆる実践、ひとたび経験を積むと、ひとはもの識りにはならない。ひとは熟練するようになる。だが、それが一体なにに熟練するのだろう?

アルベール・カミュ『太陽の讃歌』高畠正明訳 より)

 

太陽の讃歌―カミュの手帖1 (新潮文庫)

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Lyrical and Critical Essays (Vintage International)

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