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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

信じる者は救われる...かも 〜『イエメンで鮭釣りを』雑感

 

イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)

イエメンで鮭釣りを (エクス・リブリス)

 

 

「あなたのジョーンズ博士にはコリンと一緒に釣りに行ってもらいましたよ。道路からすべてを眺めていたんです。あれは本物の釣り師だ、科学者であるだけでなく。あなたの選択には満足していますよ、ハリエット・チェトウォド=タルボット」

(『イエメンで鮭釣りを』ポール・トーディ 白水社 P100−101より)

 

『イエメンで鮭釣りを』は4~5年前に映画にもなった英国のベストセラー小説で、予想通り抜群の面白さだった。

ストーリーは、まさにタイトル通り。砂漠に覆われたアラビア半島の先端にある国で、冷水魚である鮭の釣りを楽しめるようにしようとする無謀なプロジェクトに取り組む人々の人間模様と顛末を、ヨーロッパ文学の伝統的なスタイルの一つである書簡体小説として書き上げた作品だ。書簡体と言っても手紙だけにかぎらず、電子メール、日記、新聞・雑誌記事、未公刊の自伝原稿抜粋、議事録、インタビュー、尋問、さらにTV番組企画書など多岐にわたる「引用」から構成され、現代の読者を少しも飽きさせない。
 
 
シャイフ・ムハンマド(ほんとうはもっと長い名前)はイエメンの族長で大富豪。スコットランドに別荘を持ち、フライフィッシングによる鮭釣りを愛好する。そんな彼が母国イエメンの川で鮭釣りができないかと考える。確かに無謀なアイデアだが、釣り人なら誰でも自分の住んでいる場所の近くに魅力的な釣り場が欲しいと考える。私を含む釣り人の読者はシャイフの思いを瞬時に理解できることだろう。作者もやはり釣り人らしいが、釣り人以外の読者への配慮も忘れていない。「イエメン鮭プロジェクト」は、あくまでも無謀なプロジェクトとしてストーリーは進行していく。とはいえ、シャイフは自分が釣りをするためだけにこのプロジェクトを発案したわけではない。実は戦乱とテロリズムですっかり荒廃した母国の人心と経済の再生という崇高な目的があったのだ。
 
 
シャイフは、ロンドンの不動産会社に務めるキャリアウーマンであるハリエット・チェトウォド=タルボットを代理人に、英国国立水産研究所で働いていた優秀な水産学者アルフレッド博士をプロジェクト全体の統括者としてスカウトする。学者として優秀だけど、堅物で融通が利かないアルフレッドは、もちろんこの無謀な依頼を歯牙にもかけない。しかし、シャイフとハリエットはなんと首相官邸を動かし、公務員であるアルフレッドが断れないように追い詰める。折しもアルフレッドは20年間連れ添ってきた妻との関係に悩んでいた。妻は金融の世界でキャリアを築き上げ、一介の研究者である夫よりずっと収入が多いようだ。すれ違う夫婦模様の間にするりと入ってきたのがハリエットの存在で、最初は不愉快な気分で嫌みの一つも言うつもりで彼女に面会に行ったアルフレッドは、洒落っ気がなくクールな妻とは異なりエレガントでチャーミングな彼女に会った後、「イエメン鮭プロジェクト」の実現可能性について前向きに検討するようになる。ここらへんはゲラゲラ笑いながら読むところだろう。しかし、すぐにハリエットには軍人の婚約者がいることが明らかにされる。彼はイエメンの北にあるイラクでの危険な特殊作戦に参加しているようだ。

そしてアルフレッド博士はハリエットを介してシャイフとも面会する。博士はアラブの大富豪の高潔な人格にすっかり感銘を受け、また釣り人同士としての友情を覚えて「イエメン鮭プロジェクト」へますます深くのめり込んでいく。妻や周囲の人々からあきれられるほどに。上の引用文はシャイフが初めてアルフレッド博士に会った時、ハリエットに漏らした発言だ。離れた場所から釣りをする姿を見て、その人物が信頼するに足りるかどうかを品定めをする……釣り人ならば思わずニヤリと頷くシーンだ。そういえば僕の釣り仲間に「一緒に釣りをすれば、その人がどういう人かはだいたいわかるね」と豪語する男がいたな。
 
 
ルフレッド博士、ハリエット、シャイフ…この3人の人間模様の縦糸に英国の首相官邸の思惑が横糸として絡んでくるのが、この小説の趣向である。プロジェクトには官邸広報担当官のピーター・マクスウェルが介入してくる。英国の中東への軍事介入に対する国民の目をそらす手段として、さらに約400万人の釣り人票を取り込む秘策として、ピーターは首相の意図を汲みながら、プロジェクトに没頭するアルフレッド博士やハリエットを煩わす。このピーターという男がとんだ俗物で、いかにも英国的なブラックな笑いの数々を提供してくれる。ある意味、裏主人公と言えるかもしれない。また、作中にはBBC英国放送協会)のほか「タイムズ」「デイリーテレグラフ」「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」「サン」、さらに釣り雑誌の「トラウト&サーモン」など実在の新聞・雑誌がたくさん登場する。そのほかシャイフを狙うアルカイダのテロリストも登場するし、まだ政治家になる前のボリス・ジョンソン(現・英国外相)も著名ジャーナリストとして実名で登場している。読者が生きる生臭い現実社会を背景に演じられるファンタジーであることもこの小説の面白みの一つだろう。
 
小説の結末は驚くべきもので、何とも言えない皮肉に満ちたカタストロフなのだが、プロジェクト自体は「成功」する。 どのようなカタストロフで、どのような成功であるかはこの小説を読んでもらうしかないだろう。物語の終盤、アルフレッド博士が暇にあかせて読んだ本の中で見つけた「私はそれを信じる。なぜならそれが不可能だからだ」という言葉が紹介される。「信じる」とはシャイフが博士に向かって言った言葉であり、すべてのフライフィッシャーマンにとってこの「信じる」という言葉は、魅惑と畏れに満ちたマジックワードと言えるだろう。「信じる」ことなくして、あくまでも偽物でしかない毛鉤に運命を託すなんて言う事はできないからだ。この本は「信じる」ことの尊さと馬鹿馬鹿しさを両面から余すところなく描いており、こういう芸当ができるのがやはりヨーロッパ文学の懐の深さだろう。『コンビニ人間』の作者も頑張れ!
 
 

中高年男の危機を、(わが国では不倫と称する)恋愛感情と釣り人的無謀さの勢いで乗り越えようとする不器用なアルフレッド博士への共感と、フライフィッシャーマンとしての連帯。僕はその二つを感じながら僕はこの小説を読んだが、別に釣りをしなくても十分以上に面白い小説だと思う。作者はもともと会社経営者で、敵対的買収によってオーナー企業を手放したことをきっかけでこの小説を書いたらしい。処女作とは思えぬ手練手管は人生経験と深い学識に裏打ちされたものだろう。訳文もリズムがあり読みやすい日本語で素晴らしい。ただし、翻訳者の女性は釣り(特にフライフィシング)にそれほど詳しくないらしく、フライフィッシャーマン的には「Fly Line」を「釣り糸」と訳すのは誤りだと思うし、翻訳者がそのことを理解できていればクライマックスのイエメンの川でのキャスティングシーンも、さらに迫力あるものとなったに違いない(参考)。また「ウミマス」ではなく「シートラウト」と表記して欲しいなど、細かい注文はいろいろある。しかし、全体としては釣りのことを勉強した痕跡も感じられ、良い翻訳と言えるのではないか。

 

 

本作を原作とする映画『砂漠でサーモン・フィッシング』は2011年に制作されたが、その時、すでに作者ポール・トーディは死病に冒されており試写を見ることができなかったそうだ。結局、2013年に亡くなっている。映画の方はまだ見ていないが、読んでいて情景が眼前にありありと浮かぶタイプの小説だったので、見たいような見たくないような....なんとなく躊躇している。小説では男だった首相官邸の俗物広報官が映画では女性になっているというところにやや興味をひかれているのだが。

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映画『砂漠でサーモン・フィッシング』のワンシーン。スコットランドで釣りをするシャイフとアルフレッド博士....やはり、ちょっと見たいなこの映画。