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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

小林秀雄・岡潔『人間の建設』を読んだ。

人間の建設 (新潮文庫)

●人間の建設 (新潮文庫)  小林 秀雄 /岡 潔  (著)


先日の土曜日、ふらっと本屋に出かけた際、「新潮文庫の100冊」の中に、この『人間の建設』が入っているのを見て、「ほうっ!」と思い店頭で手にとって冒頭をぱらぱらっとめくってみた。オープニングはこうだ。  
小林:今日は大文字の山焼きがある日だそうですね。ここの家からも見えると言ってました。
岡:私はああいう人為的なものには、あまり興味がありません。小林さん、山はやっぱり焼かない方がいいですよ。
小林:ごもっともです。(後略)
  なんて素晴らしい! 完璧な雑談の出だしである。 本文だけだと140ページにも満たないので、半日あれば読める。積ん読本が溜まりにたまっているが、ええいかまうものか!と衝動買いした。 
 
この本をものすごく簡単にまとめれば、二人の学識者が最近(対談は昭和40年)の芸術にも、学問にも、そして人間にも深みや情緒が失われてしまった…という、現在に至るまで繰り返されている老人の慨嘆、繰り言を気ままに展開しているに過ぎない。けれども、何せ日本語文芸批評の泰斗と数学的天才の繰り言なので、レトリック的になかなか〝刺さる〟フレーズが頻発する。その結果、本書は類い希な芸術論、学問論、文明論となっている。 たとえばこんなフレーズ。 
小林:ぼくらも不思議なことだが、 振りかえってみますと、二十代でこれはと思ったことは変えていませんね。それを一歩も出ないのです。ただそれを詳しくしているだけですね。ぼくは批評家になろうと思ったことはない。世間が私を批評家にしたのです。(中略)私は人というものがわからないとつまらないのです。誰の文章を読んでいても、その人がわかると、たとえつまらない文章でもおもしろくなります。

 

あるいはこんなのも。

 

岡: 時あるがゆえに生きているというだけでなく、時というものがあるから、生きるという言葉の内容を説明することができる。時というものがなぜあるのか、どこからくるのか、ということは、まことに不思議ですが、強いて分類すれば、時間は情緒に近いのです。時というものは、生きるという言葉の内容のほとんど全部を説明しているのですね。
 話題はゴッホアインシュタイン、非ユークリッド幾何学三角関数本居宣長ドストエフスキー、神風特攻隊など目まぐるしく入れ替わる。どちらかと言えば岡が老人の繰り言を次々に繰り出していくのを、小林秀雄ががっちり受け止めて、さらに敷衍していく…といった風情で雑談は続く。ただしドストエフスキーの話題ではやはり小林が「ドストエフスキーは悪人です」と言ってトルストイとの比較論を述べ始めて、岡を感心させる。 
 
岡の発言は、人間の情緒がないがしろにされがちな新しい時代への反発が基調となっており、終盤で神風特攻隊の精神を日本人の美徳として誉めそやすなど、現代人としては引っかかる部分も多々ある。現行憲法に関しても次のように述べている。 
 
岡:(前略)実際一人の人というものは不思議なものです。それがわからなければ個人主義もわからないわけです。そういう事実を個人の尊厳と言っているのですね。利己的な行為が尊厳であるかのように新憲法の前文では読めますが、誰が書いたのですかな。書いた連中には個人の存在の深さはわからない。
 
 この対談が行われた半世紀前は、高度成長のトバ口に立つ「国家の建設」途上の時期であり、だからこそ本書のタイトルが『人間の建設』であったのだろう。まだ感覚として日本国憲法が「新憲法」だったことがわかるし、「新」という文字に微妙な違和感を滲ませる旧世代の存在感も匂い立ってくるわけだが、ここで岡が言いたいことは(共感はしないが)僕にもよくわかる。この対談全般にわたって縷々述べてきた「情」をそぎ落とすことを良しとする現代の風潮への警鐘を憲法の前文にダブらせてみているのだ。憲法の文章はあくまで法的な文書なので、(憲法前文はやや情緒も込められているが)心の情緒の琴線をそれほど揺らさない。しかし岡先生はあくまで憲法に深い情を求めている。それは無理な相談というものだろう。 
 
 昨日の天皇の「お気持ち」ビデオメッセージを見て、僕は読んだばかりの岡先生の苛立ちが頭に浮かび、それを鎮めることができる理路を持っているのは天皇だけかもしれないな…とちょっと思った。だからどうしたということもないし、この文章にこれ以上の落ちはない。  
  
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