朝のコント/春の呟き
彼女を追い越してから、彼は、単純にも、どこかの店先きに立ちどまっていさえすればいいのだと考えた。そうすれば、彼女はきっとそばへ来るはずだ。ところが、彼女はそんなことはしなかった。そのままどんどん歩いていった。
(フィリップ『朝のコント』より「めぐりあい」淀野隆三訳)
春は出会いの季節だが、年齢を重ねてくると苦い思い出の季節ともなる。
春に別れなければならなくなったこともあった。「時が過ぎればいい思い出」というのは、やはり単なる慰めだったのだな。リセットしたい、とまでは思わないが、もうちょっとなんとかならなかったのかよ自分、という忸怩たる思いにかられることも多い。女々しいかぎりである。
しかし、それは今の自分が思うことであって、当時の自分にはけっして届かない声でもある。とにかく彼女も歩いていかなくてはならなかったのだし、私もそうだった。
「店先き」に立ち止まったこともあったかもしれないが、5分と待つことはなかった。もちろん、待っていても結果は同じだったろう。ふと、待つことができるセンスについて考える。そういうものがあれば、ちょいモテオヤジとかになれるのだろうか。
いや、別になりたいとも思わないが。