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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

『フォーカスな人たち』井田真木子再読 〜悲しみの黒木香〜

今週のお題「読書の夏」f:id:indoorffm:20150808233118j:plain

Amazon.co.jp: フォーカスな人たち (新潮文庫): 井田 真木子: 本

ところで“わたくし“は女性とは限らない。というより、あまりにも強烈な“わたくし“の前には性差など消し飛んでしまう。たとえば黒木香はまさにその典型だった。彼女は、たしかにアダルトビデオという性産業のただなかにいたが、あまりにも個性的で強烈な“わたくし“すぎたので、その“わたくし“を越え、普通の女性に抱くような性的幻想を抱くことができる男性は意外に少なかったのではないか。実際、「SMっぽいの好き」はアダルトビデオとしてはまったく実用的でないことで知られていた。腹を抱えて笑いころげながら発情する状態さえ曲芸的なのに、そのうえ首尾よく果てて大満足を感じる人がいるとしたら、よほど克己心の強い人物というべきである。

井田真木子『フォーカスな人たち』「黒木香」序文より抜粋)


本書は1980年代から90年代前半、バブル景気を踏み台に活躍し、写真週刊誌の格好の被写体となった5人に関するルポルタージュである。その筆頭が黒木香。今は壇蜜好きの私だが、黒木香もわりと好きだった。といっても件のアダルトビデオは見たことがない。かつては一般のテレビ番組にも随分出ていて、お約束の“わたくし“パフォーマンスの中に、彼女の不思議な悲しみの残滓をみつけて薄暗いエロチズムを感じていた。わき毛は関係ない。どちらかと言えば剃ってほしかったが、彼女が望むならそのままでもいいと思った。一度、どういうわけか「朝まで生テレビ」に出演していて、司会の田原総一朗に突然話を振られてもテキパキ答えていて感心した。どういうテーマの討論か忘れてしまったが、的は外していなかったし、“わたくし“パフォーマンスからもはずれていなかった。たいした女である。今、ブログSNSやっていれば、相当人気出たかもである。

本書には、転落事件後のインタビューを通して彼女の悲しみと賢さを理解する手がかりが網羅されている。そのほかに取りあげられている人物はその黒木の育ての親である村西とおる、事故死した個性派女優・太地喜和子、バブルに躍った料亭女将・尾上縫、そして元総理大臣の細川護煕。クラクラするようなラインナップである。著者の井田さんは40代で早世した。ものすごい酒の飲み方をする女性だったそうだから、この本に書かれた黒木香の悲しみの幾分かは、著者本人のものだったのかもしれない。