プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

飯尾憲士『自決—森近衛師団長斬殺事件』再読

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Amazon.co.jp: 自決―森近衛師団長斬殺事件 (光人社NF文庫): 飯尾 憲士: 本

 

 映画『日本のいちばん長い日』のリメイク版が話題だが、その重要エピソードである宮城事件における近衛師団長惨殺に残る謎を、犯人と師弟関係にあった “当事者”たる著者が徹底的に追い求めたドキュメンタリーが本書。初読は10年前だが、とにかくすごい本だった。その印象は今も変わらない。AMAZONに掲載されている梗概(「BOOK」データベースより)は、以下の通り。

 

昭和二十年八月十五日未明、徹底抗戦を呼号する将校たちによって近衛師団長は殺害された—斬った人物は誰なのか。“日本のいちばん長い日”に秘められた一青年大尉の自決までの道を克明に追い求め、時代の中に埋没した青春の日々を浮き彫りにする感動作。事実を明らかにする渾身の筆に託された死者への鎮魂。

 

青年大尉というのは著者の陸軍航空士官学校時代の区隊長であった上原重太郎大尉のことだが、歴史の中でその存在が曖昧になりかけたこの人物の真実を追う著者の執念と行動が、決して上手いとは言えない文章で訥々と綴られていく。著者の作為かどうかわからないが、木訥な文章が、かえってミステリ的な演出効果を醸し出し、非常にスリリングな読書経験であった。私は著者が住む大泉学園と陸軍航空士官学校があった豊岡(稲荷山公園)の中間辺りに住んでいるので、土地勘的にもこの本をリアリティーを持って読むことができた。 

 著者はもともと陸軍の教育に批判的な人物であり、戦後もその経歴を隠し、陸軍同窓の集まりにも決して顔を出さず、しかも人見知りの激しい人であった。にもかかわらず、自分が慕った上原大尉がマスメディアの中でその存在を希薄化されてしまうことに耐えられず、まさにやむにやまれない心理状態の中で、多くの関係者に書面をしたため、電話をかけ、全国各地に直接会いにいく。その結果、ついにまるで推理小説のエピローグのような一つの“解決”に辿り着く。恐るべき執念。

著者飯尾氏は平成16年に亡くなっている。この本に登場する元陸軍の証言者たちもほとんど故人であろう。戦争について直接知っている人が少なくなっている昨今、あの戦争や終戦が持つ意味が次第に薄れていく。それは仕方のないことだし、その中で私たちがどのように第二次大戦とその敗戦の経験を捉えていくかがあらためて問われている。

 ちなみに飯尾氏の父親は韓国人であったそうだ。