プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

【一ノ関圭 の新作と『らんぷの下 (小学館文庫) 』レビュー】

 

 

鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)

鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

このあいだ、3月に伝説の漫画家・一ノ関圭の待望の単行本『鼻紙写楽』が出版されていたことに気づき、慌てて手に入れた。まさかこの人の新作がよめるとは....。歌舞伎と浮世絵を題材にした『鼻紙写楽』の感想はまだ自分の中でまとまっていない。2003〜2009年にかけてインターバルを空けながら断続的に発表された連作物なので、若い頃の作品のようにストーリーテリングの力で押し切る作風ではない。そのかわり、情感と情景の描き込みの密度はますます高くなっており、一度読んだだけではとてもその世界観と登場人物の機微をつかみきれないのだ(しかし...それでも感動してしまう!)。この作品に対して何か言うのにはそれなりの時間をかけた熟読・再読が必要と感じている

というわけで以下、旧作に関して昔書いた文章(Amazonレビューに若干加筆)でお茶を濁すことにした。とはいえこちらも群盲象を評す趣の作品をまるで「解説」しない文章だ。しかし、彼女の作品を解説するなんて野暮の骨頂であろう。と言い訳しておく。

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驚異的な完成度と豊かな情感 
 2013/5/19記

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 Amazon.co.jp| らんぷの下 (小学館文庫)| 一ノ関 圭| 小学館| 本| コミック

70年代後半~80年前半の約10年弱活躍した一ノ関圭は、画力とストーリーテリング、情感表現すべてにわたって優れた才能を持つ女性マンガ家です。江戸後期~明治にかけて題材をとった作品が多く、それを得意としていたようなのですが、現代物の佳作も少なくありません。すべての作品に関して人物造形とストーリーに人間心理に対する透徹した観察眼がきわめて自然な形で溶け込んでおり、それが読後の余韻をいっそう深いものとしています。この作品集はデビュー作「らんぷの下」(天才画家・青木繁をめぐる男女の物語)をはじめとする珠玉としか言いようがない短編が8編収められています。時代も設定も異なる話ですが、各話が言葉にできない情感の糸で結ばれており、全編読み終わった頃には、思わず十数巻に及ぶ大河小説でも読んだ後のような深い溜息をついてしまいます。ふう。


一ノ関圭はきわめて寡作として知られ、この「らんぷの下」と同じ小学館文庫で出ている「茶箱広重」(大傑作!)の2冊でほぼ全作品を網羅できるはず。1986年以降はマンガ作品を発表していないようなのですが、ぜひ1作でもいいから復活してほしいと願っております。(2015年追記:祝『鼻紙写楽』での復活!)

この作品集は2000年に出張中の名古屋の書店で購入し、その素晴らしさに仰天した思い出があります。そして仰天のあまり即座に「茶箱広重」も購入したのですが、最初に買った「ランプの下」を出張中どこかに置き忘れて紛失してしまいました。それ以降思い出の中に封印されていた1冊となったわけですが、昨日Amazonでポチってあらためて深い感動を味わったのでした。