プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

首里城炎上に思う。

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"Photo by CEphoto, Uwe Aranas"

首里城は10年ほど前の沖縄出張の際に訪れた。再建とはいえ、往事の趣を伝える見事な建築と収蔵品でとても楽しめた。ただいちばん思い出に残っているのは、鎖之間で琉球の伝統菓子をいただいたこと。あの場所も燃えてしまった。伝統衣装を着たスタッフによるなかなか気持ちの良い“おもてなし”空間だった。

今回焼失した首里城の施設はほぼ平成の時代に再現された観光施設と考えて良いだろう。観光施設だから価値がないわけではなく、再建に当たって発掘調査や写真資料収集、古老の聞き取りなどを行い、正確な復元・再現が試みられた。しかし、かなりの困難がともない、再建後に誤りが発見された部分もある。たとえば Wikipedia「首里城」の項目を見てみると次のように書かれている。

 

屋根瓦については色についてさえ記録がなく、当時を知る老人を集めて話を聞いても赤~黒まで意見がバラバラで難航した。すでに琉球瓦を生産しているのは奥原製陶ただ1軒だけであり、4代目主奥原崇典の尽力によって首里城の瓦が復元された[8]。なお、2014年に米国立公文書館から沖縄戦で焼失前の首里城のカラー映像が発見されており、それによると屋根瓦は赤色では無い事が判明している[9]

 

今回の焼失は1453年、1660年、1709年、そして1945年の沖縄戦による焼失に次ぐ、史上5度目の焼失だという。沖縄の人々の悲しみははかりしれないが、屋根瓦の色など最新の研究成果と十分な防災措置を盛り込んだ5度目の再建=再現を果たすことに期待したい。もちろんそれには時間がかかるだろうから、コンピュータ・グラフィックやVR技術を駆使したバーチャル首里城を暫定的につくっても良いと思う。

そういえば、現在の首里城の場所はかって琉球大学のキャンパスだった。流大の人文社会学琉球アジア文化学科あたりが、工学部の研究者と連携して首里城再建プロジェクトをやってもなかなか面白いと思うのだが、どうであろうか。

すでに沖縄大学の学生が主催する首里城火災支援のクラウドファンディングも立ち上がったようだ。500円から募金できる。

japankurufunding.com




ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 <新装版> ジェフ・エメリック

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

 

Abbey Road』のリマスター版を買ったせいもあり、今月はビートルズを良く聞いた。

今聴くとスカスカでシンプルなビートルズサウンドだが、半世紀近く聴いていても、その隙間から未だに新発見が顔を覗かせるからすごい。ジェフ・エメリックは、メンバーの(特にポールの)クリエイティビティが高まった中期〜後期ビートルズにおいて、ジョージ・マーティンとともにテクニカルサイドからそのマジックを構築した人物。エンジニアの立場からビートルズの当時の内部事情を赤裸々に描いた本書は刊行当時話題を呼んだ。どちらかといえばポール擁護派の著者なのだが、ポールに関しても忌憚のない意見が書かれているし、ジョンの凄さも素直に感嘆している。そんなエメリックも1年前に亡くなってしまった。


ビートルズ初期の2枚「Please Please Me」「With the Beatles」は、コーラスを含めて、ほとんど一発録り、スタジオライブといえる作品だが、このバンドがデビュー当時から“完成“していたことに今更ながら驚かされる。特に当時22歳であったジョン・レノンの老獪とさえいえる歌いぶりはすごい。この時代のエンジニアはノーマン・スミス。後にシド・バレットが抜けたピンク・フロイドサウンド構築に関わった人物である。彼は聞き手の意識を盤面に吸い込むライブ感の演出が得意であった。ビートルズは「あの4人」がグループを組んだことも奇跡に近いが、ベストなタイミングで優れたスタッフが近くに居た僥倖を思うと、なんだか言葉を失う。

ビートルズはいつまで経っても僕にとっての「謎」なのだ。

令和元年台風19号雑感

 

www.sankei.com

与党の責任者の一人である二階さんが「まずまず」とか人に聞こえるところで言ってはダメなんで、それはあやまったほうがいい。一方で伊勢湾台風(死者約4700)や狩野川台風(死者・行方不明1200以上)に比せられ、「100年に一度」の大雨を降らせた台風19号なので、政府内では最悪数百人規模の死者が出る可能性も想定されていただろう。僕もそう怖れていた。風害対策、ガラス飛散対策、照明・電源・水・食料確保、野営準備などいつになく準備を怠りなくした。

それが「まずまず」で済んだということは、昭和の時代に比べて防災の実践がはるかに進んで国民の生命が守られているということなのは間違いない。こうした側面では時代は確実に進歩し、良くなっているのだ。

10月8日13時に台風19号来襲に向けた情報連絡室を内閣府に設置して以降の政府・自治体の連携(警察、消防、自衛隊の動き含む)も、千葉県を壊滅的に叩きのめした前回の台風15号の反省を踏まえてか、わりとスムーズだったように思う。

19号上陸後の荒川・隅田川や江戸川・利根川相模川のダム放水のタイミングについては「中の人」たちの不眠不休の尽力とおそらくはギリギリの所での決断によって、最悪のケースである首都圏水浸しを阻止できた。絶望的な想定もされていた江戸川区は結局のところ水没を免れたし、多摩川も堤防がない二子玉川や下水設備のオーバーフローという人災を蒙った武蔵小杉以外では話題になるような水害はなかった。15号と違って風害がひどくなかったことも幸いした。

一方で長野、栃木、福島、宮城各県などの水害はかなりひどく、特に水害をそれほど想定していなかったと思しき長野市千曲川の氾濫で北陸新幹線E7系・W7系車両が水没している光景には驚かされた。長野市在住の知人も命からがらの目にあっており、肝が冷えた。

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水没する新幹線車両。Abema NEWSより。

台風19号に対して冷静に考察できるようになった今、二階さんの(まるで党内の内輪話みたいないつもの)不用意な発言内容や安倍首相が台風ではなくラグビーについてツイートしたなどと言ったどうでも良い批判ではなくて、実際の被害状況をつぶさに検討しながら都道府県・市町村単位であらためて防災対策の見直しを行うと良いだろう。自然災害に対する防災、避難等の災害対策の核となるのはあくまで自治体だ。中央政府はあくまで支援母体であり、余計なリーダーシップは必要ない。福島第一原発事故時の菅直人首相と現場の軋轢を思い出してみると良い。聖人のような為政者が民を危機から救うのは神話とかおとぎ話の世界での出来事。危機が訪れたときこそ淡々と事を運ぶのが現代政治家の要諦だ。

 

 

10/5日経夕刊に「歴史的建築物で誓う永遠 結婚式で特別な記憶刻む」を書きました

 

style.nikkei.com

 

10/5付日経夕刊に書いたコラム記事が誰でも無料で全文読める「NIKKEI STYLE」に転載されていました。

最後の方で触れている江戸東京たてもの園「デ・ラランデ邸」は、通常「武蔵野茶房」が営業しており、ここの焼きチーズケーキは絶品らしいです。以前は「高橋是清邸」が和風喫茶になっていて、惨劇のあったお屋敷でのんびりあんみつなどをいただくことができたのですよ(現在は見学のみ)。「デ・ラランデ邸」は2013年たてもの園で一番最後(30番目)に移築された建物で、戦後になってカルピス創業者が買い取っており、1999年まで会社事務所として使われていたそうです。

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ジョン・レノンの逆襲

www.youtube.com

 

今日はジョン・レノンの誕生日である。生きていれば79歳。

ビートルズ後のジョン・レノンの音楽がオノ・ヨーコと込みで語られることにとても抵抗がある。僕はむしろジョンの音楽活動のフォーカスを鈍らせた主犯がオノ・ヨーコだと考えており、もちろんそのラブ&ピースな寄り道でも何らかの成果をあげるところがジョンの天才性なわけだが、ソロ時代で一番好きなのはヨーコと別居している期間、いわゆる〝ロスト・ウイークエンド〟時代の作品だ。アルバムで言えば"Walls and Bridges”と“Rock 'n' Roll”、そしてそれらのアルバム・セッション時のアウトテイク集である“Menlove Ave.”となる。そしてこの時期のベストソングと私が考えるのが、この曲だ。"Walls and Bridges”のしっかりアレンジされたヴァージョンより、“Menlove Ave.”のギター2本とベース、ドラムだけのシンプルなヴァージョンの方がこの曲の美しさと鋭さがより浮き彫りにされると思っている。

邦題は「愛の不毛」だが、直訳すれば「お前が落ち込んでいる時は、だれもお前を愛せない」。ヨーコと別居して、西海岸で荒れた生活を送っている自分のことを自虐的に歌った….というのが通説だが、私はそうは思わない。

 

むしろ、ニューヨークに取り残されたオノヨーコへの当てつけの曲であるように思える。

たとえば、こんな歌詞。

 

僕は向こう側の世界に行ったことがある

だから僕はお前に全てを見せた 隠しごとなどなにもないよ

なのにお前は自分が愛されているかどうかを確かめたがる

いったいどういうことなんだ?

僕に見せてあげられるのはただ一つ すべてはショウビジネスということ

僕に言えることはただ一つ この世はショウビジネスだということさ

 

あるいは

歳をとって白髪になると、誰もお前を愛してくれやしない

動転している時 誰もお前を必要とはしない

誰もが、自分の誕生日を気にしている

お前が地下深く9フィートの底に眠る時、みんながお前を愛してくれるだろう

 

自分を支配しようとした挙げ句に家から放逐した妻ヨーコに向けた強烈なしっぺ返しに思えるのだが、違うかな?

18か月の〝ロスト・ウイークエンド〟が終わり、ジョンとヨーコが復縁するわけだが、二人の間にショーンが生まれ、ジョンは長い主夫生活、すなわちミュージシャンとしての休業期間に突入する。子育てをするジョンに「誰もお前を必要とはしない」....そんな空耳が聞こえたのかもしれない。1980年秋にヨーコとの共作アルバムでカムバックすると、その年末に射殺された。「お前が地下深く9フィートの底に眠る時、みんながお前を愛してくれるだろう」。その通りになった。ここは自分のことだったのだ。ピース!

 

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アンディ・ウォホールによる“Menlove Ave”のジャケット。素晴らしい出来。アンディはこのアルバムが発売されて間もなく亡くなった。

 

『松本清張ジャンル別作品集(1) 武将列伝』を読む。戦国から平和な時代へ。変革期を生きた武将たちの栄光と零落

松本清張ジャンル別作品集(1) 武将列伝 (双葉文庫)

松本清張ジャンル別作品集(1) 武将列伝 (双葉文庫)

先日、三谷幸喜監督「清洲会議」をテレビ放映していて、放映前の番宣で三谷監督自身が「丹羽長秀がこれだけクローズアップされた映画は他にありません!」と言っていて、確かにそうだなと思った。しかし、丹羽長秀を主人公にした短編小説があったはずと調べてみて、松本清張「腹中の虫」に突き当たった。この作品は長秀がもともとは目下の者であった木下藤吉郎羽柴秀吉に圧倒されていく様を書いた作品でおそらく「腹中の虫」というタイトルはそうした秀吉の不穏な存在感(獅子身中の虫)と、彼の死因となった寄生虫病を掛けている。

本書はその「腹中の虫」のほか、毛利元就、伊東祐義、足利義昭最上義光柳生宗厳・宗矩父子ら、安土桃山〜江戸初期の変革期を生きた武将たちを主人公とした短編アンソロジー。「腹中の虫」を含めて既読の作品も興味深く読み返すことができた。特に印象的に残った作品は「三位入道」。島津と大友という大大名に挟まれながらも九州の雄として名を馳せた伊東祐義の零落を、史実をベースにしながらも、清張らしく人生の裏表を伶俐に描いて余すところがない。他の作品も史実とフィクションの狭間に独自の人間観でリアリティを吹き込む手腕は流石である。