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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

3・20の思い出

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22年前の本日、僕は有給休暇をとって早朝から妻と河口湖にボートを浮かべて、ルアーでニジマスを釣っていた。午後、すっかり冷えた体をほうとうと温泉で暖めて、帰りのクルマで聴いていたラジオで地下鉄サリン事件を知った。

 

帰宅して当時の職場近くが地獄絵図になっているのをテレビで見た。2カ月前の阪神淡路大震災の惨状をテレビで見た衝撃がまだ去らない頃だ。

東日本大震災の時も、帰宅してテレビをつけて驚愕させられたが、その時の記憶がフラッシュバックしてdéjà-vuのような感覚にとらわれたものである。

 

自分が携帯電話を持ち始めたのも阪神淡路大震災サリン事件がきっかけだった。翌年娘が生まれた。実は3年前からまたその当時のオフィスで働いているが、町並みも、地下鉄駅構内も、東京メトロ職員の制服もすっかり変わってしまい、すべてが過去に押しやられていくように感じている。


しかし人の記憶は決して消えることはない。生命尽き果てるまで。

 

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卒業式だと言うけれど 何を卒業するのだろう。

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熱い心をしばられて 夢は机で削られて

卒業式だと言うけれど 何を卒業するのだろう 

あーわかってくれとは言わないが そんなに俺が悪いのか

ララバイ ララバイ おやすみよ   ギザギザハートの子守唄

チェッカーズギザギザハートの子守唄』作詞:康珍化

 

卒業シーズン。今月になってリクルートスーツの就活生をチラホラ見かけるようになった。僕が大学4年の春、社会に出る前に社会の裏側について見聞を広めようと思った。裏とはいっても社会は社会。社会人として知っておくべき事柄がそこにはたくさんあるように思えた。そこで就職活動卒論準備の傍ら、やくざ社会をバックとした”企業“でキャッチセールス等のアルバイトをしてみたり、その後世間を大きく騒がせた新興宗教の学生アジトに潜入したりしていた。それほど危ない目に遭わなかったのは、あくまでも傍観者であり、最終的には慎重(臆病ともいう)な性格であったためだろう。一度チンピラに組事務所に連れ込まれたこともあったが、親分が「カタギの学生さんに手出すんじゃねえ」とチンピラを一喝してくれたたおかげで無事であった。古き良き極道。その一部始終、私は小便チビリそうになりながらも、妙にわくわくしていた。キャッチセールスでは警察署にしょっぴかれそうにもなったが、”先輩“たちの根回しのおかげでうまく逃れた。アブない世界と警察は、実は仲が良いのである。潜入した新興宗教のアジトは、なかなか和やかな雰囲気だった。神の存在と真理についてディスカッションをして〝洗脳〟ビデオを見せてもらったが、そこに居る間中、笑いをかみ殺すのに苦労した。どうやったらこんな善悪二元論のシンプルかつ硬直した世界観によって、自らの生き方を選ぶことができるのであろうか? 逆に感心してしまう(すぐに企業社会だって似たようなものであることを実感するのだが)。信徒たちは全員とても性格が良さそうな人ばかりで、性格の良さが人間にとって、必ずしも好ましくないことなのではという思いが湧いてくる。だったらきっとオレはこのままでいいのだ。梅雨が開け、夏がやってくる頃、私は晴れ晴れとした気持ちで就職活動を本格化させた。30年以上前、確かにギザギザハートで生きていたが、同時に大島弓子山岸涼子のマンガを手放せなかったことを思い出す。

年度末の差し迫ったこの時期に音楽ファンとしての自分を点検する。

 

 

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そこにあるものではなく、ないものをプレイするんだ。知っていることではなく、知らないことをやる。変化しなければいけない。それは呪いのようなものだ。

Don’t play what’s there, play what’s not there. Don’t play what you know, play what you don’t know. I have to change, It’s like a curse.

 

伝説というのは、過去の業績にしがみついている老人のことだろ。オレは今でも現役だ。

A legend is an old man with a cane known for what he used to do. I’m still doing it.

 

すべて学び、そして忘れろ。

Learn all that stuff and then forget it.

 

 (マイルズ・デイヴィス 語録)

 

 このブログでもしばしば取り上げているが、僕は60~70年代のロック音楽が大好き。人生のタイミングというものは非常に重要で、10代の時に心をふるわせた体験はその後の人生の骨肉となってしまっているのでどうしようもない。この先の音楽人生において『ホワイトアルバム』や『クリムゾン・キングの宮殿』や『レッド・ツェッペリンⅡ』や『スライダー』と同等の衝撃が待ち構えているかと考えると、あまり期待できそうにない。もちろん、昨今も刺激的な音楽は少なくない。昨年であったらイタリアの新鋭The Winstonsは大きな収穫だったし、ベテランの域に達しつつあるレディオヘッドの次の動きにも大いに注目している。また昨年はローリング・ストーンズジェフ・ベックといった超ベテランが充実した新作を発表し、きわめてレベルの高いライブパフォーマンスをみせてくれた。

 一方で完全に創作者・演者として停滞し、同窓会的なバンド再結成や昔の名前で出ています興行しかできなくなっている60~70年代の著名ミュージシャンも目立つ。日本のファンはそうした旬を過ぎたミュージシャンをも温かく迎え入れてくれるせいか、「えっ、あんな人まで?」という来日公演が実現する。 ロックファンの間ではベテラン来日のニュースが届くたび「今、見ておかないと(いつ死ぬかわからないから)これが最後のチャンスになるかもしれない」というような話が囁き交わされるようになり、確かにその通りかもしれないが、僕にそうした「死に水を取る」発想はあまり湧いてこない。

 

 昨年に続いて今年も一時代を築いた大物ミュージシャンの訃報が相次ぎ、そのたびに僕も厳粛な気持ちになる。ただしその気持ちにはやはり差異がある。

最期まで高いクリエイティビティを保持し、ぎらぎらとした現役感を漲らせたままあの世に行ってしまったルー・リード、プリンス、デヴィッド・ボウイらと、昔の名前で出ていますといった方々とでは、やはり喪失感や追悼する気持ちは同じとは言えない。

 

 なぜならば僕は彼らの作る&演奏する音楽のファンなのであり、必ずしも人としての彼らのファンではないからだ。ゆえにつまらない作品や不毛な同窓会的パフォーマンスに甘んじるミュージシャンは、フツーにdisるかシカトする。ミュージシャンとして見切ったかつてのアイドルは枚挙にいとまがない。              

 ロックファンにはたとえ旬を過ぎたミュージシャンでも見捨てない「人で聴く」タイプの人も多い。もともとエルビスビートルズはアイドルなのであり、音楽とともにその存在感・キャラクターで不良少年たちと女子供の心を惹きつけた。ある意味「人で聴く」はロックファンの王道なのだ。歳月を重ねると、そこにファンの個人史が重ねられ、いっそう深く信奉するようになる。なにげに「信奉」という言葉を使ってしまったが、芸能のスターシステムと宗教は模式的には同じようなものだと思う。コンサートチケットやグッズ購入費をファンの間で冗談半分に「お布施」と呼びならわすのもその表れ。いい年した大人がミュージシャンのサインだとか、一緒に写真を撮るなどのファンサービスに一喜一憂していることや、生家や録音スタジオ、ライブハウスなどアーティスト縁の地を訪ねる「聖地巡礼」もそう考えると腑に落ちる。神様の足跡には御利益があるのだ。

  僕が「人で聴く」のをやめて、徐々に「音で聴く」スタンスへ移行したのは、80年代前半のことだと思う。1980年末のジョン・レノンの死もすくなからず影響があったかもしれない。産業ロックなどとも呼ばれていたメインストリームのロック音楽にすっかり関心が薄れ、インディーズ系&ポストパンク系のレコードをあさり始めた。また、同時代の音楽に感じる不毛さから逃れるため、古いブルースやジャズにも走った。そこで出会ったのがマイルズ・デイヴィスである。

 とにかくマイルズのつくる「音」はかっこよかった。50年代のハードバップから70年代のエレクトリックジャズまで「かっこいい(Cool)」という絶対神に仕える大司教マイルズの采配に感歎するばかりだった。

 そしてそんなマイルスの音楽人生に(ヘンな言い方だが)ロックスピリットの神髄を見た思いがした。時代と切り結びながら我が道を行き、自分の音楽を追求するマイルズ。作品名を借りるとかれのIn A Silent Wayにシビれた。

 そのマイルスも90年代が始まってすぐに死んでしまった。もしかしたら彼については最後まで「人」で聴いていたのかもしれないな、と思う。それにしても遺作がヒップホップだったのにはまいった。しかもなかなかの傑作ときている。昨年のボウイの遺作にも同じことを思った。おいおい新鋭ジャズかよ。しかもオシッコちびりそうなかっこ良さかよ! もしかしたらボウイも「人」で聴いていたのかもしれない。ファンからの評判の悪いティンマシーンも愛しているからなあ。

Memento Mori.

今月が終わる前にどうしてもこの一文を記しておきたかった。


自分の人生のどんなに短い一場面でも、確かに同じ時間を並走していたと思える「人」を失うのは言うまでもないが非常につらい経験だ。好きなミュージシャンや作家、スポーツ選手、俳優などもそこに含まれるが、55歳にもなるとリアル人生でもそうしたつらさを何度も噛みしめるはめになる。リアルもバーチャルも関係なく、どんなかたちであれ、そうした喪失の哀しみというものに決して馴れることはできない。心の淵にだんだん積み重なっていく哀しみを見つめながら溜息をつくのみである。

今月初め、Facebook上で5年来の付き合いがあった方が病死され、かなり嵩の大きな哀しみがまた積み重なった。そして彼が亡くなったあとのタイムラインが、それ以前のものとまるで別物に感じられることにすっかり当惑している。

See You Again. そしてMemento ori.


〝 Wish You Were Here(Waters-Gilmour) 〟 Dedicated to Mr. K

 

 

戦争と貧困 〜山田参助『あれよ星屑』へのオマージュ

 

 

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 「貧困」が大きな社会問題となり、実際、奨学金や年金、生活保護などにおいてさまざまな制度的矛盾が露呈してしまっている。

 現在55歳の僕が物心ついた頃は、まだ日本は貧しかった。目に見えて貧しかった。わが家はそれほど貧しくはなかったが、身近に貧困家庭はふつうに見られ、小学校に数日間同じ服で通している子どもは珍しくなかった。もちろんしばしばイジメのネタにされた。しかし逆にいつもきれいなお洋服を着たいかにも金持ち面した子どもも同様にイジメの対象になった。子どもにとって「貧しさ」そのものはおそらく大した意味を持たなかったのだ。

  先進国に追いつけ追い越せ的な途上国のムードが社会にむんむん漂っていたのを感じていた。テレビでやっているアメリカのテレビドラマを見るとこんな国と戦争をした当時の日本人が実に馬鹿野郎に思えた。広い庭がある家、最新の電化製品、大きな自家用車、軽妙で洗練された家族の会話……日本人もいつかこういう〝デラックス〟な暮らしができるようになるのだろうかと夢想した。

NTTではなく電電公社の時代、貧しい家は高額な「電話加入権」を払えず、隣近所の電話を借りる「呼び出し」家庭も少なくなかった。個人が携帯電話を持つ最近の貧困がピンと来ないのはそのせいもある。

  一方、繁華街には傷痍軍人が募金(というか実質は物乞い)をする姿を見たし、あちらこちらで戦時中の体験談が盛り上がるなど戦後が続いていた。今から思えばそれが全共闘の敗北、大阪万博開催、三島由紀夫の自決あたりを契機にがらっとムードが変わっていったように思える。そのすぐ先にはドルショック、中国との国交回復、オイルショックなどが続いた。成田に新東京国際空港が開設され、A級戦犯が処刑された巣鴨プリズン跡に60階の高層ビルができ、日米貿易摩擦のぎくしゃくなどを経てバブル経済とその崩壊に至った。

 

 個人的には日本の「戦後」はそこ=バブル崩壊で終わったと感じている。


 「現在の貧困問題は、あの異常な状況であったバブル経済を基準にしているから無意味だ」という議論もあり、感覚的にはわからなくはないのだが、それは間違っているだろう。戦後とそれ以降では「貧困」の性質や定義がそもそも異なってきている。先ほど触れた「携帯やスマホを持つ貧困」がその一例である。ではその「貧困の性質や定義」の違いとはなんであろうか? 端的に言えば、持てる貧困と持たざる貧困ということであり、豊かな生活への渇望の絶対量ではないかと思う。東京をはじめとする大都市が火の海にされ、広島と長崎に原爆が投下されてようやく太平洋戦争が終わり、多くを失った日本人は失ったモノの大きさがそのまま成長のベクトルとなったような驚くべき復興を遂げた。その先に夢見たのはアメリカのドラマに出てくるような豊かな生活だろう。それは実現したのだろうか。したとも言えるし、していないとも言える。しかしバブル崩壊によってそのベクトルは失われてしまった。ふと気付くと豊かな生活への渇望は自然環境破壊、コミュニティ崩壊、さらに近年話題のブラック労働などを生み出し、豊かになったはずの日本人はどこか釈然としていない。

  すべての始まりは戦争に負けたことにあるのだから、そこから見つめ直せばいいようにも思えるのだが、どうも不毛な憲法論議やイデオロギッシュな平和論に終始してラチがあかない。

 

 このところ私が敗戦を考えるきっかけとしているのは”コミックビーム”にて連載中の『あれよ星屑』(山田参助)というマンガだ。現在、単行本が5巻まで出ている。来月には6巻が出る。待ち遠しい。物語はこんな感じで始まる。
 

度重なる空襲で、焼け野原となった敗戦直後の東京。誰もが生きるために精一杯のその町で、復員兵の川島徳太郎は、闇市で雑炊屋を営みながら、酒浸りの日々を送っていた。

ある日川島は、無銭飲食をして暴れていた、軍隊時代の部下である黒田門松に出会う。再会を喜ぶ門松であったが、以前とは様子が違う川島に、故郷に帰るよう冷たく突き放されてしまう。しかし、門松は元上司の命令に従うことなく、なんだかんだと川島の元に居着くことになる。
(単行本1巻あらすじ)

 

 インテリで二枚目の川島と、おっちょこちょいで力自慢の三枚目である黒田の「男の友情」が物語の基本的な骨格となっている。ちなみに作者は『さぶ』でデビューしたゲイマンガの第一人者だ。私より若いにもかかわらず、焼け跡と闇市に生きる人々の体臭までもが感じられるような描写、人物造形のリアリティが半端ない。主要登場人物の何人かが、僕の夢の中に実在の人物として出てきたこともあるぐらいだ。絵なのに……。
 ここに描かれた「貧困」はまさしく「貧困」としかいいようがない「貧困」。親を空襲で失った子どもたちは彼らなりのたくましさとビジョンで、病気と死、孤児狩りの危険と隣り合わせの環境で日々の糧を得ていく。貧困の中での争いもあれば、友情と連帯もある。もちろん子どもたちには夢もある。牧歌的で儚い夢が。

 回想シーンでは、戦地の慰安所や戦時中の中国人捕虜のなぶり殺しなどもしっかり書き込まれており、軍隊内の描写も実に説得力にあふれている。あまりにもリアルなせいか、こうしたデリケートなシーンに対する右翼団体ネトウヨの抗議とかもまったくないそうだ。作者は小学生時代、図書館にあった古い報道写真を集めた毎日新聞社の『一億人の昭和史』が愛読書だったそうで、同じ頃に明治〜昭和前期の朝日新聞縮刷版が愛読書だった私は大いに共感を覚える。
 作者はインタビューでこんな事を言っていた。

山田 50~60年代の日本映画が好きで。その頃に作られた戦争ものって、実際に戦地から帰った人たちが作っているわけですから、その人たちが体験的に見知っているものが映画に出てくるわけです。

 あるいはこんなことも。

 

山田 はい。今まであまりマンガでは描かれてこなかったような地味な軍服のシルエットを描きたいですね。マンガ表現としての軍服を、2015年版としてアップデートして、形として残しておきたいんです。たとえば戦闘帽にはシルエットとしてのよさがあると思っているんですけど、それをマンガでちゃんと描きたい。で、次世代がまたアップデートしてくれたらいいな、と。

 徹底したリアリティーの追求。着ている洋服やパンパンや闇市などの風俗、米兵、在日朝鮮人らが混在する街の描写が、作品にまるで見てきたようにさらりと書き込まれている。こうしたディティールへのこだわりが、人間模様渦巻くストーリーテリングと時代性を一層強固にしており、戦争という出来事が人間生活にもたらす災禍を真に迫って余すところなく書き尽くしている。戦争の悲惨さを読者に問いかけるマンガは数多くあれど、これほど戦争そのものの意味を読者に突きつけるマンガは珍しいのではないか。この二つはあまり区別されていないような気がするが、違いは大きいと思う。おそらく作者にイデオロギー的な反戦思想はまったくないだろう。それだけに戦争に向ける眼差しは無垢で、鋭いのだ。2017年を生きる私たちがどこから来て、どこへ行こうとしていたのか? ……作中の登場人物一人ひとりが読者に向かって「それを忘れてもらっちゃ困る!」と無言で語りかけているように思える。

 ところで昨今、広島への原爆投下をテーマとするマンガ『この世界の片隅に』の映画化作品が話題だが、見ていない。見たら感動するかもとは思うが、どうも見る気が起きないのはあの手のアニメ映画の絵柄が苦手だから。同じような理由で宮崎アニメもほぼ見ることができない。これはどうしたものかと思うのだが、こればかりはどうしようもない。

震災と電話について

 

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(Jun Teramoto - Flickrafter Tsunami --- Devastation in Haramachi-ku, Minamisōma, Fukushima after the tsunami

こういう私のざまを「精神の荒廃。」と言う人もいる。が、人の生死には本来、どんな意味も、どんな価値もない。その点では鳥獣虫魚の生死と何変わることはない。ただ、人の生死に意味や価値があるかのような言説が、人の世に行われてきただけだ。従ってこういう文章を書くことの根源は、それ自体が空虚である。けれども、人が生きるためには、不可避的に生きることの意味を問わねばならない。この矛盾を「言葉として生きる。」ことが、私には生きることだった。

車谷長吉赤目四十八瀧心中未遂』より)

 

 私は久しぶり(10年とか20年とか)に会った人から「あんまり変わってないねえ」と薄笑いで言われるタイプの人間なのだが、自分としてはあるときを契機に少なくとも内側は大きく変わったと思っている。それが1995年、年頭に阪神淡路大震災地下鉄サリン事件が立て続けに起こったあの年だ。

 一言で言うとリアリストになった。もっと噛み砕くと「守り」に入った。翌年、初めての子どもができたので、守りはいっそう強化される。守りというと内向きの姿勢とも感じられるが、自分以外の誰かを守るために死ぬこともアリかな、と思えるようになった、ということでもある。少なくとも1995年以前に自分がそんなことを考えるようになるとは想像すらできなかった。そしてまた、いざという時のために簡単に死ねないな、とも思うようになった。それまではいつ死んでも、「ま、いっか」であった。

 そういえば携帯電話を持つようになったのもその年だった。震災後、神戸や西宮、伊丹の親戚と連絡が取れたのは携帯電話によってだった(それでも数日後だった)。 2011年3月の東日本大震災の時は逆に携帯電話がまったくつながらなくなったが、なぜかツイッターではいろんな人と連絡が取れた。その翌年からはスマートフォンを使い始め、今では仕事でも必須のツールになっているが、どこかで私はそれが「非常時」のためのツールだと思っているフシがある。

 東日本大震災の衝撃で自分が変わったかは、自分自身でまだよくわからない。

 2月も半分以上が過ぎ、今年もまもなく3月11日がやってくる。TVの報道番組であの津波の情景がまた繰り返されるのだろうか? 「これはいったいなんなんだ?」という当時の思いが蘇ってくる。「もう6年」「まだ6年」……両方の思いがせめぎ合いながら、心の隅で無意味に焦っている自分がいる。ぎゅっとスマホを握りしめる。

もしもし、元気?
どうしてた?
あのずっと、ずっと、ずっと、寂しい夜を過ごして。
それが僕の言いたいこと。
なにもかもキミに話すよ。
電話さえとってくれたなら。
Electric Light Orchestra / Telephone Line (1976) 抜粋訳)

 

『沈黙 ─サイレンス─ 』を見たよ。

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……デウスと大日と混合した日本人はその時から我々の神を彼等流に屈折させ変化させ、そして別のものをつくりあげはじめたのだ。

言葉の混乱がなくなったあとも、この屈折と変化とはひそかに続けられ、お前がさっき口に出した布教がもっとも華やかな時でさえも日本人たちは基督教の神ではなく、彼等が屈折させたものを信じたのだ。
遠藤周作『沈黙』新潮社)

この国はすべてのものを腐らせていく沼だ 
(『沈黙  ─サイレンス─ 』よりロドリゴ神父のセリフ)


 生命の価値、尊厳、重さといったようなものは、主体とその生命の持ち主との関係性の中で生まれるものだ。それは人という生物によって構成され、営まれる社会に設定された観念的なルールに過ぎない。一方、国というのも、歴史という時間軸を含む社会の安定と存続のために、想像上で設定された関係性のユニットである。人種、言語、地域など、ユニット結成のモチーフとなるものはみな、具体的な実体ではない。歴史というのも、あるバイアスがかかった想像力によって構成された物語=フィクションである。わが国の場合、天武朝以前の歴史は、実質的にほとんどフィクションといっても差し支えないだろう。

 普遍的な価値としての「生命の尊厳」を訴える人と、殊更に「愛国心」を主張する人は、基本的に同類なのではないかと私は思っている。神を想定したい人や正義を主張したい人も同様だろう。芸術や文化・文明の価値も同じで、音楽でも、美術でも、文学でも、それらを「学ぶ」ことというのは、本来、その相対価値を解剖していく楽しみであると思うのだが、あらかじめそこに絶対性を見いだそうとする人が思いの外多いことに、若い頃、大いにたじろいだ。絶対性を信じることが、神というものへの信頼であるらしい。私はそんなものを信頼することはできない。

 

 そして、あまり突っ込んで考えたくないのだが、この世の中では、そのように自分の外に自分を支配するような疑似絶対価値がないと崩壊する人格やコミュニティで、その大部分が占められているというのが現実だ。

 

 保守的な政治家愛国心を国民に求めるのは、自分が国民から愛されていないと思っているからであろう。やや好意的にいえば、自分たちの権力の基盤となる国家(体制)への国民の醒めた視線が恐ろしいということだと思う。

 しかし、そんな憎まれ口をたたく私ですら、実は国を愛している。日本以外の国を好きになることはできるし、実際そのような国は少なくないが、愛することはしない。愛とは、逃れられない運命の謂われである。だから、いろいろな女性を好きになることができても、愛するのは妻だけ。私は妻のしょーもない部分をたくさん知っている(もちろん逆も)が、それでも運命として受け入れるのみ。

 同様に大正デモクラシーから太平洋戦争までの、近代日本のろくでもなさ認識しても、張りぼての近代天皇制によりかかった責任回避の国家体制を歴史的に保持してきた経緯を知っていても、国を愛することができる。運命として受け入れているからだ。運命とは個人が生きるよすがとして紡ぎ出した涙ぐましいフィクション=言い訳の謂われである。宗教はそんな弱き人間の心を浸食する強力なウイルスのようなものだと私は思う。

 昨日、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 サイレンス』を見た。
 奉行の井上築後守(イッセー尾形)が、決して居丈高にならず、笑顔さえ浮かべながら、イエズス会のパードレに理を尽くして日本にキリスト教を布教する無益さと棄教を説く姿に、少なからぬ西欧人は「もう、言い訳しなくていいよ」と言われたように感じたのではないか?


 奉行の説得に対し、パードレ・ロドリゴはひたすら神の真実の〝実在〟を言い立てるしかない。しかも、日本の隠れキリシタンたちが信心しているものは、孤立の中で独自進化し、カソリックのパードレが受け入れがたい部分も少なくない〝キリスト教の如きモノ〟…。二人の問答の中で「信仰=善」「弾圧=悪」という関係が揺らぎ、ある瞬間、するりと入れ替わる。この映画の根幹はそうしたスリリングなやりとりの中にあるのだろう。

 一方で残虐な処刑を辞さないにもかかわらず、奉行はパードレに粘り強く理を語りかけることをやめず、あくまでも穏やかに納得と改心(棄教)を求めていく。狡猾さと誠意が同居する何とも言えない演技を見せるイッセー尾形にはつくづく感動した。類型を演じながら、類型をはみ出ている、まさに演技というものの真骨頂だろう。

 

 パードレ・ロドリゴは日本という「沼」に足を取られ、もがき、「転び」、自ら「沈黙」してしまうことによって、自分の中の神との対話が始まる。神は沈黙していたわけではなかったのかもしれない…原作のエッセンスをうまく凝縮した、優れた映画化作品だと思った。

 スコセッシ監督は17世紀の日本のリアリティを出すことにこだわりがあったという話だが、確かに下手な日本映画よりずっと説得力がある画面だった。この映画にはBGMとしての音楽はほぼ使われていない。その代わりに虫の音や波音といった自然音が効果的に使われている。この点も日本を再現するという点で卓見だったと言うしかない。日本人キャストは一瞬しか出ないチョイ役までもが、映画の世界観の中で全く緩みのない存在感を発揮しており、これは邦画では考えられないことだろう。隠れキリシタンの一人をロック歌手のPANTAが演じていたのが面白かった。


 3時間近い上映時間を長いと考える人もいるかもしれないが、僕はむしろ短く感じた。もう一度見たら、また別の感想を持ちそうな気がする。しかしその前に原作を読み直さなければいけないだろう。『沈黙』のテーマを発展させた続編とも言える『侍』を含めて。


ところで殉教する隠れキリシタンの長老「じいさま」は、やはり「Jesus ジーザス」のアナロジーなのだろうか? 

沈黙 (新潮文庫)

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侍 (新潮文庫)

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