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プログレッシブな日々

混沌こそ我が墓碑銘。快楽の漸進的横滑り。

鎮静剤としてのジョージ・ハリスン

朝っぱらから言いたかないけど、オレのブルー・スウェード・シューズを踏むなよな。

おい、オマエ! 照れるなよ。俺のフィドルを弾いてみせろよ。

ベートベンをぶっとばせ! チャイコフスキーもたまげるぜ。

チャック・ベリーロールオーバー・ベートベン」より)

朝の電車の中で犬のような顔をした若い女の子に足を踏まれて、こちらが「キャン!」と吠えた。まだ、足の甲が痛む。気を取り直して亡きジョージ・ハリスンビートルズ時代の持ち歌だったロックンロールを口ずさみながら、ジョージのフェイバリットソング(ビートルズ含む)のプレイリストを作ってみた。うむ、いいじゃない! ジョージは痛みに効く。

 

●プレイリスト“GEORGE HARRISON“(20曲)

  1. Taxman(THE BEATLES)
  2. While My Guitar Gently Weeps(THE BEATLES)
  3. Savoy Truffle(THE BEATLES)
  4. Here Comes The Sun(THE BEATLES)
  5. If I Needed Someone(THE BEATLES)
  6. Roll Over Beethoven(THE BEATLES)
  7. My Sweet Lord
  8. Isn't It A Pity :Version One
  9. You
  10. Love Comes To Everyone
  11. Blow Away
  12. Old Brown Shoe(Live In Japan
  13. Give Me Love (Live In Japan
  14. Dark Horse(Live In Japan )
  15. All Those Years Ago (Live In Japan )
  16. When We Was Fab
  17. Got My Mind Set On You
  18. Cheer Down(Live In Japan
  19. Run So Far
  20. The Rising Sun

 

I, Me, Mine

I, Me, Mine

 

 

アマチュアについて。

えんとつ町のプペル

 

テレビ芸人で絵本作家もやっているという人が、ベストセラーになった自分の作品を電子版で無料にしたということで話題になっていた。

キングコング 西野 公式ブログ - お金の奴隷解放宣言。 - Powered by LINE

要は2000円もする自分の絵本を子どもが気軽に買うことができないことを残念に思い、作品のWEB版を無料公開したということらしい。それは別にかまわないし、一つのやり方であると思うが、その芸人氏がブログで

「なんで、人間が幸せになる為に発明した『お金』に、支配され、格差が生まれてんの?」

などと勢い込んで語っているのを見て鼻白む思いがした。そういえばこの芸人氏は、いろんな社会問題に直言することが一つの芸風になっているようなので、今回の一件もその流れのかもしれない。

しかし、個人的には見過ごし難い一件ではある。芸人誌の言葉の中に著作物に対する正当な報酬を否定するようなニュアンスが含まれている(支配、格差など)からであり、まあ、冷静に考えれば無茶な理路なのだけれど。また「色を綺麗に出す為に特殊なインクを使っていて、使用するインクの数も一般的な作品より多」いという印刷物の商品とWEB公開される電子データは、基本的に別物である。作者が本作りにとことんこだわったのであるならば、後者は劣化コピーに過ぎないだろう。

明日就任する米国のトランプ大統領への非難もそうなのだが、「お金を稼ぐ」ことへの陰湿な嫌悪感みたいなものはどうにかならないものだろうか? トランプはとんでもない大統領になるだろうが、それは彼が経済(お金儲け、損得勘定)ばかり重視するからではない。むしろそれは彼の美点であり、もっとも不安視されるのは確実に見識に欠けると考えられている安全保障や外交面である。

閑話休題

飯を食って行くために人はプロになる。異論はあろうが、ま、大多数がそうである。私もそうだった。なので、今回の芸人氏の無料宣言は、絵本作家という肩書においてアマチュア宣言をしたということなんだろうと思う。本人の考えはともかく。

もちろんプロだから偉い!ということでもない。自らを省みれば、プロになりたいと切実に心からわき上がるものを持ったことなどなかった。たま~に、さすがプロ、と言われることもあるが、それほど私が喜ばないのはそのためである。仕事でも、芸事でも、プロの人はやはりすごいと私も思う。でも、そこには滲み出す退屈さみたいなものがきっと同居しているのだ。それに耐えられる者のみが真のプロとなる。

 

ハンブルグで修行したビートルズはプロの極みみたいなバンドだったが、その中でジョージ・ハリスンというギタリストはビートルズ時代から亡くなるまで、ずっと素人っぽいギタリストであった。そして、まさにその素人っぽさが彼の最大の魅力だった。

ジョージ・ハリスン、生誕74年祝い 全ソロアルバムLP化/海外スターバックナンバー/芸能/デイリースポーツ online

私はジョージの生き方にとても共鳴する。12弦ギターやら、シタールやら、ウクレレやら、リードギタリストとして固まることなく、拡散しながら生きる。それが人生の復路をよたよたと歩んでいる今の願いだ。


….そんなことを考えながら徒然なるままに書いていたから、まったく焦点が定まらぬ拡散した文章になってしまった。申し訳ない。しょうがないので、最後にカミュ先生にきっちりと締めていただこう。よろしくお願いします。

 

体験という言葉の空しさ。体験とは実験ではない。それは人為的にひき起こすこともできぬ。ひとはただ、それに服するのみだ。それは体験というより、むしろ忍耐だ。ぼくらは我慢する──というよりむしろ耐え忍ぶのだ。

あらゆる実践、ひとたび経験を積むと、ひとはもの識りにはならない。ひとは熟練するようになる。だが、それが一体なにに熟練するのだろう?

アルベール・カミュ『太陽の讃歌』高畠正明訳 より)

 

太陽の讃歌―カミュの手帖1 (新潮文庫)

太陽の讃歌―カミュの手帖1 (新潮文庫)

 

 

Lyrical and Critical Essays (Vintage International)

Lyrical and Critical Essays (Vintage International)

 

 

 

読書について

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夥しい書籍が──数百枚の重い粘土板が、文字どもの凄まじい呪の声と共にこの讒謗者の上に落ちかかり、彼は無慙にも圧死した。中島敦『文字禍』) 

何度、本なんかもう読むまいと思ったことか。

他人の思考経路に付き合ったり、法螺話に相づち打ったり、

読書歴とは、なにバカやってきたんだろう...という個人史だ。

ことし成人式を迎えた娘が彼女の新たな歴史を築こうとしているのを見守りながら、

気分がどうも落ち着かない。

9歳の頃、私の本棚にあった倉橋由美子のエッセイ集を10日くらいかけて読了した。

倉橋訳の「星の王子さま」でこの作者に関心を持つ様になったようだ。

意味わかってんだろうか? わかるわけがない。

おそらく達意の文章のリズムで読み切ったのだろう。

 

その後、中学生以降はアニメとマンガに没入していくが、

僕の本棚からしばしば三島由紀夫村上春樹を持ち出しているし、

最近は青空文庫で昔の小説を読んでいるようである。

何しろ時間のフィルタを通した名作揃いで、おまけにタダだもんね。

 

普通の親は子ども読書を喜ぶのだろう。が、私は全面的には喜べない。

新聞社などでも活字文化興隆をめざせ的なイベントをやっているが、どうなんだそれって?

活字文化衰退が読書人口減少に起因するというのは、データ的には間違っていて、

実は、日本の子どもは有史以来、もっとも本を読んでいるというのが現実でもある。

【参考】 出版学会(活字離れ)資料

 

・不読率が最も低いのは20代

・読書離れ」は高齢層に顕著

・「不読」の主役は、「若者」ではない

電子書籍を含めると「不読率」は全年齢で急減している

というのが調査結果の要旨だ。

 

若者の言語能力の低下ということも言われている。

なるほど、そういうこともあるかもしれない。
しかし、読書も一つの体験に過ぎないわけだから、

常にポジティブな効果が生じるわけではない。

その思考様式が喜劇的なまでにスクエアな自称〝読書人〟は少なくないものだ。

 そして出版不況の実体は、そうした自称〝読書人が増えた、

ということではないかと思う。

クリエイティブな才能の受け皿は時代によって変遷する。
20世紀前半までそれは出版文学界隈だったが、

後半は映像芸術やアニメーション、ファッションデザインなど産業芸術となり、
さらに21世紀にかけてゲームやプログラミングなどの情報技術に移行した。

出版社や文筆家、読書人の活字文化衰退を嘆く言説に触れると

「精神の墓場」という言葉が浮かんでくる。

 

神さまの祝福がいつもきみにあるといい

きみのねがいごとがすべて実現するといい

きみがすることがいつも誰かのためになればいい

星までとどく階段をつくればいい。

そして、一段一段のぼっていき

きみがいつまでも若ければいいのに

いつまでも若くあれ いつまでも若く

ボブ・ディラン「Foever Young」拙訳)

 

 

成人式を迎えた娘に、私はこの曲を贈りたい。

「愛しのフリーダ(字幕版) 」を見たよ。

 

 

愛しのフリーダ(字幕版)
 
1961年、リヴァプール。17歳のフリーダは同僚に連れられてキャヴァーン・クラブへ出かけ、ステージで演奏する革ジャンの4人組、ザ・ビートルズの音楽に衝撃を受けた。何度もクラブに通いメンバーとも次第に親しくなっていくうち、ある日バンドマネージャ―のブライアンから秘書として勧誘される。オフィスに顔を出すメンバーたちはマネージャーに会う前にフリーダとおしゃべりするのが日課だった。やがてファンクラブの運営も任され、バンドはフリーダの想像を遥かに超える速度でビッグになっていった―。
(C)Courtesy of Freda Kelly


お正月にふさわしい愛すべきドキュメンタリーを見た。正月にふさわしい愛すべきドキュメンタリーを見た。


 ビートルズの成功は、彼ら自身の才能と個性に加えて理解者に恵まれていた面が大きい。特にブライアン・エプスタインとジョージ・マーティンという得難いサポーターがあればこその今日の評価だろうと思う。この映画を観ると、そこにフリーダ・ケリーの名を加えてもいいと僕は思った。ビートルズの4人はもちろん、その家族にも信頼され、愛されていたこのファンクラブ代表者(兼ブライアン・エプスタイン秘書)の存在が高速回転するグループのエンジンオイルの役割を果たしていたことが、本人の控えめな証言によって明らかになる。ポールやジョージの父親からお酒の嗜みやダンスを教えてもらったというエピソードは微笑ましいし、悪態をついたジョンを最後には土下座させたという勇ましいエピソードには大笑い。その原因ともなったムーディーブルースのメンバー(誰とは明示されない)と一時つき合っていたという話は初めて知った。

 彼女がどれだけ誠実な人間かは、この半世紀間、彼女の口からビートルズのスキャンダルやこぼれ話などが一切流出していないし、暴露本の類も存在しない事から察せられる。実際、金銭と交換に情報提供や暴露を求められたことは少なからずあったようだ。「名声やお金なんか結局なにもなりはしない」と〝現在〟のフリーダは顔をしかめる。

 本来ならこの映画のための証言も得られなかったはずだ。しかし、撮影の2年前息子に先立たれ、自分が彼に60年代にどれほどエキサイティングな青春を送ったかをついに話さず終わってしまったことに悔恨を感じていた。せめて孫にはおばあちゃんがビートルズと共にどんなに素晴らしい時間を過ごしたかを知ってもらいたい….この映画はそんな極めて個人的な思いから実現した。映画の最後に「思い出すのは、これが最後だわ」と言い残し、彼女は自分の車を運転して去っていく。 希有な、しかしどこにでもいる田舎娘、それが愛すべきフリーダ・ケリー!!

 ちなみにこの映画ではビートルズの曲はほとんど流れない。彼らがカバーしたオリジナルが多く使われている。この映画を観る人はビートルズの楽曲なら常時脳内再生できるような人が殆どだろうから、それは正解。むしろ時代性を超越しがちなビートルズの曲を使うより時代の雰囲気を表現するのにはよかったと思った。

 いやほんとにいいモノを見た。

音楽という名の魔物

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ああ・・・あのソナタは恐るべき作品ですよ。まさにあの部分がね。それにだいたい音楽というのは恐るべきものですよ。

あれはいったい何なのでしょう? 私にはわかりません。音楽とはいったい何なのですか? 音楽とは何をしているのか?音楽は何のためにそのようなことをしているのか? よく音楽は精神を高める作用をするなどと言われますが、あれはでたらめです、嘘ですよ!

(レフ・トルストイ『クロイツェル・ソナタ』望月哲男訳)

イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

 

 10年ぐらい前から発行されている光文社古典新訳文庫に、このトルストイをはじめ、ドストエフスキーゴーゴリレーニン(!)、シェイクスピアディケンズ、シャーロット・ブロンテ、バタイユサン・テグジュペリカント(!!)、ケストナー、ポーなどの「古典新訳」が多数ラインナップされている。読みたい本がありすぎて非常に困っている。さらに昨年ぐらいからSpotifyを聞くようになってから、聞くべき音楽が増えて増えて、ほんとうに困っている。自分が2人か3人欲しいです。

 もはや僕の人生は登山で言えば下山の道行きなのだ。不要なモノはなるべく棄てて、身軽になって安全に麓までたどり着きたいのである。にも関わらず読書と音楽の煩悩は未だ覚めやらず。さらに釣りもしなくてはならないのだ。嗚呼、遭難必至。

 

 それにしても音楽は魔物だなあ。もし自分が音楽という趣味を持たなかったら、もっと平穏な、しかし退屈な人生を歩んだに違いないと思う。家族のためにはその方が良かったのかもしれない。

バッハの規律。モーツアルトの享楽。ジョン・レノン諧謔。レッド・ツエッペリンの爆発。キング・クリムゾンの迷路。マイルス・デイヴィスの美学。バド・パウエルの熱狂。そうしたものに出会わなければ、ロジックとコモンセンス、そして少々の浮き世の智恵に安住した人生を過ごせたに違いない。しかしもはや取り返しがつかない。僕は言葉を商売道具としながらも、言葉が歯がみをしながら俯かざるを得ない局面における音楽の表現力にいつもひれ伏している。

 
 ちなみに僕の老後の楽しみは、釣りに明け暮れながら、トルストイ戦争と平和』を読むことだ。読書のBGMは、「ギミー・シェルター」が入っているローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード(だらだら血を流せ)」に決めている。

2016年のR.I.P.

 

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子供っぽい純粋さと大人が作ったスターダムの間で呆然と立ち尽くし

鋼のような風にさらわれていったお前。

笑い者であり、異邦人であり、伝説であり、殉教者である

そんなお前だからこそ、さあ、輝くんだ!

PINK FLOYD「Shine on You Crazy Diamond」拙訳)

Pink Floyd - Shine On You Crazy Diamond (Original Version) - YouTube

 

1月のデヴィッド・ボウイを皮切りに実に多くのRock Legendたちがお空のDiamondと化した2016年。焦る。後方部隊で戦っていたつもりが、気がつくといきなり砲弾が飛び交う最前線近くにいて呆然とする兵士…のような気分だ。

ビートルズもフーもピンク・フロイドも、すでにメンバーの半分しか生き残っていない。EL&PなんてPしかいない。しかしディランは今世紀も毎年ツアーに勤しみ、今年は何と飄々とした態度でノーベル文学賞を受賞してしまった。あるいはかつてドラッグでガタガタだったストーンズの面々が21世紀もすこぶる元気でニューアルバムも最高なのも気になるが、こちらがすべての厄をブライアン・ジョーンズがあの世に持って行ってしまったのだろう。

ボウイにせよ、キース・エマーソンににせよ、プリンスにせよ、レナード・コーエンにせよ、今年亡くなった面々はどうか安らかに・・・という言葉がもっとも似合わない Crazy Diamondであった。なんてことを思いながらラベルのボレロを口ずさむ年の瀬。

なお、上の写真は私的2016年新譜CDのベスト9だ。もちろん遺言のようなボウイのBlack Starが中心。死に方までかっこよすぎるぜ! コンチクショ〜!


www.youtube.com

ジョン・レノンが死んだ日 〜Nobody Loves You (when you're down and out) 〜

 

 

www.youtube.com

 36年前のことはつい昨日のように思い出せる。僕は大学のラウンジで紙コップのコーラを飲みながらフランス語の試験勉強をしていて、ラウンジに流れるFMラジオ放送の臨時ニュースでジョン・レノンが撃たれた事件を知った。女性ディスクジョッキーの沈鬱な声音まで甦ってくる。あまりにも呆然としてどうやって帰宅したかは、よく覚えていない。しかし、どこかの駅前でラジオから「LET IT BE」が流れてくるのを聞き 、「違う!それはポールだ」と思ったのだけは良く覚えている。

 その夜、生まれて初めて、自暴自棄の飲酒をした。家にあったサントリー・リザーブを半分空けた。翌日、二日酔いのままフランス語の授業に出て(出るだけ偉い!)、授業中に目の血管が切れて、血の涙を流した。

あれから36年。振り返れば、俺はいったい何をしてきたのだろうとアタマを抱えたくなる。

 

ジョンのソロ作で今も愛聴しているのは死後発売された「メンローブ・アベニュー」である。ヨーコと別居してた「心の橋 愛の壁」「ロックンロール」の時代のアウトテイク集。なぜこの作品が良いかと言えば、

1)ヨーコ不在のためジョンが純粋に音楽に向かい合っている
2)デモテイク中心なので、ジョン(及びフィル・スペクター)にありがちなオーバープロデュースがない。
3)クラウス・フォアマン、ジム・ケルトナージェシ・エド・デイヴィスという最高のバンド

この3点に尽きる(敢えて付け加えるとウォホールによるジャケデザインも)。曲も演奏もジョンのソロ史上最高なのだ。特にB面は素晴らしい。そのB面冒頭曲は悪徳マネージャーの誉れ高きアレン・クラインへの惜別の一発!となる「Steel and Glass」、そしてアルバム最終曲の一つ前が自らと別居中のヨーコいずれへの揶揄ともとれる「Nobody Loves You  (When you're down and out) 」である。ここでロックンローラー・レノンは自らの終わりを告げたのではないか。

美しいが、魂が抜けたような死の直前の復活作「ダブル・ファンタジー」を聞くたびにそう思う。

※上のリンク、You Tubeに「メンローブ・アベニュー」バージョンがないので、アコースティック・デモバージョンを貼っておいた。どう演奏しようが名曲に変わりない。「Imagine」の300倍好きだ。

Menlove Avenue

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